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二十七話

 お披露目イベントが終了した数日後、つぼみのメンバーは会議室へと集められた。

「皆先日のイベントはご苦労だった。正直あそこまで出来るとは思ってなかった。良くやった!」

 厳しい表情をしていた立木は、その表情とは裏腹にメンバーに労いの言葉をかける。


 緊張の空気が少しだけ弛緩すると一転立木の口から津波のようなダメ出しが出てくる。

「良くやったが、全体的にはダメダメだ。先ずセンター賀來村! 曲への理解度が圧倒的に足りていない。高尾はどんな表情で踊っているかもう一度確認するように。加えてリーダー賀來村! 何でメンバーの力量を把握してないんだ? 無理する位なら、前もって相談に来いって言ってあっただろ。今回はたまたまメンバーの根性が勝っただけの偶然だからな。次はどんな些細な心配でも話すように。他のメンバーは圧倒的に体力が無さすぎる。運動経験無かろうが、アイドルは体力勝負だ、泣いてブサイクになるのは構わないが笑顔はクオリティのキープを忘れるな。アイドルの笑顔は惚れられてなんぼなんだ、笑顔でブサイクは出すなよ」

「はい!」

 

 その後も歌唱パートスタッフ、ダンスパートスタッフがそれぞれメンバーごとの問題点を上げていく。

 ここでも美祢はこと細かく注意を受ける。特にエンドマークの外側については他の倍の注意が入った。

 だが、美祢もつぼみメンバーもその事がそれほど苦痛ではなかった。むしろあの出来で何も言われなかった方が恐怖だっただろう。それほどに足りないものを自覚させられたイベントだとつぼみの全員が思っていた。

「たがな、客の反応は中々良かったぞ。特に賀來村、あの状況でソロに切り替えて、MC出来たのは上出来だ。次は皆が賀來村を支えられるようにがんばりなさい」

「はい!」

「ああ、言うの忘れてた。番組のほうでお前らを主軸にネット番組やりたいって企画が来てる。企画が決まり次第資料渡すからそのつもりで。お疲れ」

「お疲れ様でした!」

 立木に続いて他のスタッフも会議室を出ていく。つぼみのメンバーはその足音が聞こえなくなるまで頭を下げ続けていた。そしてそれが聞こえなくなると、一斉に顔を上げお互いの顔を何度も見る。

「やったー!!!」

 全員で手を取り合い飛び回りながら喜びを表現していく。

「あ」

 そんな中、美祢は何かを思い出したように部屋の中を探り始めた。

「先輩?」

「みねっち、何してるの?」

 突然の美祢の奇行に美紅たちは戸惑いを隠せない。

「会議室から大人全員出ていくのは不自然な気がして、私はもうドッキリこりごりなので」

 その言葉を受けてメンバーも会議室のなかを捜索していく。

「なさそうです」

「こっちも~」

「ないです」

「ないってさ~」

 美祢はようやく心から喜ぶことができた。

 ただ、この会議室には防犯カメラがついていたので、番組に対して美祢が素材提供したことに変わりはなかった。



 ◇ ◇ ◇


「あつい~、疲れた~」

「もう、無理です~!」

 その日、つぼみのメンバーはレッスン着で海岸線を走っていた。季節は夏、海辺では家族やカップルたちが思い思いに夏を謳歌している。

 その横を年若い少女の集団が、不平を垂れ流しながらゆっくりと通りすぎていく。

「海入りたい~」

「水着持ってきてないでしょ~!」

 隙あらば足を止めそうな若いメンバーを、後ろから最年長の碕木美紅がどうにか叱咤して前に進ませる。


 つぼみのメンバーたちは、海辺の合宿所で自分達の弱点克服のため、合宿を行っている。

 もちろんただの合宿ではない。立木の言っていたネット番組の撮影風景でもある。体力に問題のあるメンバーは朝早くから走り、ダンスが苦手なメンバーはひたすらにダンスを繰り返し踊っている。

 少女たちがどれ程の努力を支払っているのか、普段はファンから見えない一面を見てもらおう。なんなら同情心を煽って、応援をもぎ取ろうと言う大人の汚い一面も見え隠れするこの企画。それは美祢以外のメンバーにとっては、何事にも代えがたいチャンスであった。


 時々はなみずきの番組に出演することはあっても、つぼみたちが映る瞬間などほぼほぼ無い。

 何せ、2年とは言え先輩たちが我もわれもとカメラ前の争奪戦を繰り広げているのだから、まだ数ヵ月の新人が入り込む余地など無い。

 だか、このネット番組は自分たちが主役だ。確かに美祢が主軸にいるのは否めないが、先輩たちに比べれば美祢はきちんとカメラ前を譲ってくれるのだからまるで仏のような対応だ。


 それにもう一つつぼみたちのチャンスがあった。

 なんと美祢が飛躍したきっかけのファーストアルバムの特典小説を書いた、@滴主水が合宿に同行している。

 もし、次のアルバムで自分が主役の小説が、特典になろうものなら……。

 こうして海への誘惑を抱えながら走るのも、苦痛ばかりではない。と、考えるメンバーもいる。


「けど、あの人があの小説書いたなんて……信じられない」

 美紅は、自分の遥か後方で地面を這いずるように辛うじて走っている男に目を向け、一人呟いた。

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