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二百六十七話

「……どうでしょうか?」

 かすみそう25一期生が、美祢と智里、グループを離れる仲間たちへと送る歌。

 本来依頼もされていない作詞を勝手に行い、選曲すら終わらせた状態で主は安本を尋ねた。

 となりには、本多もいる。

 一期生と話し合いながらも振り付けも終わっている。

 主の歌詞もその時に、大幅にブラッシュアップされて一期生の感情が載りやすい歌詞に変わっている。

 その曲名は『飛び立つ前は大地に心惹かれてしまうけど』と記されていた。

 大地から飛び立つ前に感じる引力。

 離れがたい相手との別れは、まるで法則の狂った重力のようだ。だけど、お互いのためにその何倍もの重力を振り切る速さで、宇宙速度の何倍になろうと走り出す。私たちも走り出すから、あなたたちも振り返らずに走り出してほしい。

 大好きになったあなたは、それができる人。私もそうある様に頑張るからと。

 決意と願いのこもった歌詞が、今は安本の手元にある。

 流れる音楽と共に、数回安本の眼が下へと流れていく。


「う~ん」

「ダメかね? 結構キャッチ―だと思うんだが」

 難しい表情の安本に、本多が声をかける。

 俺はいいと思ってる。お前はどうだと。

 まあ、振り付けも入ってるし、何なら歌割も作ってある。

 もう収録するだけだぞ?

 そんな意地悪な視線にもなっている。


 チラっと安本の視線が、本多に向けられる。

 作詞は主が先行、悪乗りは忠生だなと確信する。

 そして呆れた視線に一瞬なるが、直ぐにあきらめた視線へと変わる。

 なぜなら、安本も思ってしまったのだ……。

「わるくないね」

「だろ?」

 してやったりの本多の笑顔を見ながら、安本は自分のデスクから一枚の紙を主と本多の前に投げてよこす。

「……だとすると、これは必要なくなったか」

「書いてたんですか?」

「まあね。気持ちの整理に必要だと思ってね」

 主の表情が青くなる。

 安本が一期生のために書いた歌があるなら、自分がやったことは完全な勇み足。

 正規品が用意されているのに、わざわざジャンク品を選ぶ必要はない。


 本多は安本が用意していた歌詞に目を通す。

 安本の詞は、感謝の歌詞だった。

 得難い時間を一緒にいてくれてありがとう。あなたと共にいた時間があるから、これからの時間も大丈夫だと信じられる。

 あなたとの別れも、これからの出会いもすべてに意味があることを知ることができた。

 別れの中に寂しさだけではなく、これからの希望を感じさせる歌詞だった。

 何より安本の詞は、かすみそう25一期生のための曲ではない。

 ふと耳した人にも共感できる内容であった。

「あ~、こっちも悪くないな」

 本多は負けず嫌いで、甲乙つけがたいと言う。

 だが、商品としてのクオリティは安本のほうが上に感じてしまう。


「……なら、@滴くんの方にしよう」

「いいのか?」

「どっちがいいのか悩まれた時点で、決まったようなモノだろ?」

 安本のプライドなのか、並ばれた時点で勝負は決まっていると安本はあっさりと引き下がる。

 何より、ただ一つの点では安本の歌詞は主の歌詞に勝てない点が存在する。

「まあ、気持ちのノリが違うだろうしな」

 そう、パフォーマンスをするかすみそう25一期生にとっては、主の歌詞は自分達のためにカスタマイズされた特注品。

 ただのジャンク品や、誰かのために作られた正規品ではない。

 思い入れや表現される感情を出しやすい。

 そこには安本の歌詞にはない、ドラマが存在する。


「こっちは二期生達に歌ってもらおう」

 一期生だけではなく、寂しい思いをしているのは二期生も一緒。

 そう割り切って、自分の歌詞は二期生の曲へと配置する安本。

 付き合いの長い一期生は、互い感情や願いを込めて。

 二期生には、普遍的な別れの悲しさや、その先にある希望を。

 二つの曲が互いの立ち位置を見せる。

「あ~、アリだな」

 それなら、別れの曲を二つ用意する意味もある。

 流石に安本源次郎かと、本多は少しだけ悔しさを滲ませる。

 してやったと言いたかったのにと。


 安本は本多に問いかける。

「振り付け、どうする?」

 忠生、お前できるのか? そう言っていた。

 だが、本多はその言葉に首を振る。

「こっちは、下のヤツに任せていいか?」

「経験か、仕方ない」

 いなくなる自分の代わりが用意できていない。

 今まで自分一人で行ってきた、はなみずき25とかすみそう25の振り付け。

 決定したダンスへの指導は、部下たちも今までやってきた仕事だ。

 だが、一から振り付けを考えるとなれば、それは全く別の仕事内容となる。

 それを表題曲でいきなりやらせるのは難しい。

 まだまだできると、言い訳をしてやらせてこなかった本多の傲慢さ故の、後任の不在。

 そこだけは素直に安本へ詫びる。

「わるいな」

 本多は、一人だけ心当たりのある人物を思い出す。

 呼び戻すにしても、それには別の問題も生じてしまう。

 だが、何とか説得しないといけない。

 それが本多に課せられた、最後の責任だから。


 美祢と智里に贈られる一期生の楽曲『飛び立つ前は心惹かれてしまうけど』が、作詞家、四代目主水之介の独断専行で作られた楽曲だと知るスタッフは少ない。

 当然、ファンはそれを知ることはない。

 だが、かすみそう25の一期生達がこの楽曲をいかに大事にしているのかを知らないファンや関係者はいない。

 一期生の卒業コンサートのセットリストには、必ず登場した一曲だからだ。

 パフォーマンスをする人数が、次第に減っていきながら最後の一人になってもこの曲は歌われた。

 自身の卒業曲で涙しなかった一期生も、その想い出にこの曲では涙する姿があった。

 ともにつぼみから、開花までを過ごした仲間たちとの思い出の曲。

 そこに込められた真意を知る人は少ない。

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