二百六十六話
はなみずき25のメンバーが帰った後も、ロビーの片隅で一塊の集団が残っていた。
かすみそう25の一期生メンバー、美祢と智里を除く全員がすすり泣きながら固まっていた。
美祢と智里の手前強がって見せたが、美紅と同じように二人の離脱に衝撃を受けていた。
美祢たちと先輩後輩がいなくなったことで、その感情を抑えるものも無くなり、互いを支えるように固まっていた。
「あれ? 皆まだいたの?」
それなりに遅い時間。
主が通りかかると一期生の集団は、泣き疲れた様子で主を見ていた。
いったいどうしたんだと、心配そうな顔を見せる主に公佳がすがる。
「……パパ」
公佳の消え入りそうな声に驚きながらも、かすみそう25のメンバーの今日の予定を思い出す主。
そうして、公佳たちの様子を見て何が起こったのかを察する。
「……そうか、みんな聞いたんだね」
「先生は……知ってたんですか?」
主の言葉には、自分達が何を聞いたのかわかっているような、確信があった。
それに美紅は反応する。
美祢がはなみずき25に戻ることを知っていたのかと。
主は美紅の言葉に、ゆっくりと頷く。
「美祢ちゃんのことは、そうだな。みんなと行った合宿辺りには聞いてたかな。智里ちゃんのことはこの前だけどね」
「そう……なんだ」
美祢がかすみそう25を離れるのは、そんな前から決まっていたことなのかと愕然とするメンバー。
想えば、はなみずき25つぼみというグループは、美祢のためにあったグループだ。
その人気がはなみずき25に還元されるのは、当然と言えば当然だった。
理解してしまえば、理不尽さなど感じない。
安本源次郎らしい一手のように想う。
だが、もう一緒に活動できないという事実は、直ぐには無くならない。
胸にぽっかりと穴の開いた感覚は、いつまでもここにあるのかもしれないと思う。
「寂しい?」
そう主に問われれば、それだけではない何かが、心の中にはあった。
「うん……でも」
言葉にしたい、だが、言葉にしてしまえば、主に何かしらの負担が掛かる。
「どうしたい?」
だが、主はそんなことを気にする必要が無いんだと、優しい表情を見せる。
主の顔を見て、有理香が意を決して声を上げる。
「一期生で何かできないかな?」
「例えば?」
そう、意見を出すのは大事なことだよと、主は有理香の頭を優しく撫でる。
「送り出す歌が欲しい!」
言っていいんだとわかった公佳は、主に無理をお願いするように提案する。
美祢と智里を、自分達の仲間を送り出す歌を、彼女たちがもっと笑顔で活動できるように。
「わかった。安本先生に聞いてみるよ」
「いいの!?」
主の快諾に、さすがに戸惑いを見せるメンバーたち。
歌詞を書いてほしいと願ってみたものの、主が歌詞を書くのが苦手なのも周知している。
本当に大丈夫なの? メンバー全員の顔がそう言っていた。
しかし主は、大丈夫だよと懐から一枚の紙を取り出す。
「うん。たぶんそんなこと言い出すんじゃないかと思って、これ」
「……」
それには歌詞が書かれていた。
寂しさを胸に抱きながら、自分達も大きく羽ばたくから。
あなたたちも頑張ってとエールを送る歌だった。
それを見れば、自分達の考えの先にあるモノがそこにはあった。
そうか、彼女たちをただ送り出すだけじゃダメだ。
安心してはなみずき25活動してもらうには、かすみそう25は何も心配いらないよと言ってあげなくてはいけなかった。
もちろん、それは今後の自分たちの活動しだいだが。
まずは、二人が抜けても自分たちは大丈夫なんだと言ってあげなくてはいけなかったんだと。
「どうかな?」
「これ、歌いたい!」
公佳は間髪入れず、主に答えた。
この歌詞は、美祢と智里へのエールでもある。
同時にこの歌は、主から自分達へのエールでもある。
なら、何としてもこの歌詞を歌に、パフォーマンスできる楽曲にしなくては。
一期生の顔に輝きが戻りだす。
そんな場面に通りがかる本多。
本多は主とかすみそう25一期生の集団に、思わず声をかけてしまう。
さほど珍しい取り合わせでもない、見慣れた光景だというのに。
「どうした先生?」
「あ、本多さん」
声に振り向く主を追い越して、美紅が本多に詰め寄る。
「ボスっ! これに振り付けください!!」
「あ?」
いったい何事だと、首をかしげながらも美紅の差し出した紙を受け取る。
目を通せば、これが歌詞であることはすぐに分かった。
だが、それは安本源次郎の歌詞ではない。
だとすれば、目の前にいる@滴主水の歌詞だろう。
「……安本はなんて?」
「これからですね」
依頼にもない歌詞を勝手に書き上げ、それを安本に打診もせずにメンバーに見せるという行為。
普通に考えれば、愚行と断罪される行為だ。
だが、本多は面白いと破顔する。
「よし! じゃあ、曲も選んじまおうぜ」
「……本多さん」
自分が始めたこととはいえ、本多の決断に少々呆れ気味の主。
あなたは安本サイドの人間でしょうにと、非難すような目を向ける。
「いいんだよ! 俺もあんたも、こいつらも。あいつにはさんざん振り回されてるんだからな! やり返すぐらいでちょうどいいんだよ」
主の視線に、気にすることはないと笑って見せる本多。
快諾して見せる本多に、感極まった公佳が飛びつく。
「ボス大好き!」
「おいおい! 腰がわるいんだって! 今抱き付いたら……あがっ」
「あ」
公佳に抱き着かれ、固まった本多。
本多の短い悲鳴で公佳は離れたが、本多は抱き付かれた体勢のまま微動だにしない。
「公佳ちゃん、もう高校生なんだからさ」
「……ごめんなさい」
主に呆れた表情を向けられた公佳は、さすがに反省の表情を見せるのだった。




