二百六十五話
かすみそう25のメンバーが退出すると、立木は残ったはなみずき25のメンバーを見渡す。
不満はあるがそういうモノだと落とし込んだメンバーと、未だに居心地の悪そうな矢作智里。
大体予想通りの空気が、部屋の中に充満している。
誰一人言葉を発しない空間。
場が整ったことを確認して、立木が口を開く。
「さて、はなみずき25新曲フォーメーションなんだが……こちらの方が発表する」
「おー、ご苦労さん」
「……ボス?」
立木の呼び込みで入ってきたのは、振付師の本多忠生だった。
飄々とカメラの回る場に入ってくるその姿に、メンバー全員が困惑している。
振付師が前に出ることはないと、自分で言っていたのに。
まるで緊張した様子もなく、いつも通りの姿を見せた本多に全員の視線が釘付けになっている。
そして立木に譲られた場に立つと、機嫌のよさそうな顔で衝撃的な言葉を口にする。
「ああ、発表前に伝えなきゃいけない事があってな。俺は今回の振り付けで、振付師を引退する」
「え!?」
この場にいる全員が、デビュー前から世話になって来た振付師。
自分達の現状を創り上げてきた一人が、引退すると。
信じられないと言った表情が並んでいる。
特に美祢の表情は今にも泣きそうだった。
その表情を見れてうれしいと、本多はめったに見せない笑顔で話しだす。
「もっと、お前らには伝えることがあったんだがな。腰がポンコツになってどうやらダメみたいだ」
「……」
腰をさすりながら話している本多に違和感すら覚える。
あんなにキレのあるダンスを踊り、誰よりもダンスに精通している本多が腰に病気を患っているなんて。
メンバーの誰も気が付くことが無かった事実に声を失っている。
「途中で抜けるのは、済まないと思っている」
先ほどとは違い、真摯な表情のまま下げられる本多の頭。
白髪の目立つ、密集力のない髪の毛。
それを視れば、年齢を思い出さざるを得ない。
本多と安本。同い年の二人。
その年齢で、ダンスを踊れていたということが奇跡だ。
身体のメンテナンスに心血を注いできたことだろう。
それを想えば、本多の引退宣言に納得するしかない。
だが、わかってはいるが親身になって関わってくれた頼れる大人がいなくなることへの寂しさを押し殺せるほど大人でもなかった。
誰も声には出さず、自分の感情と向き合うしかなかった。
「でだ。今回の曲は、俺がお前らに残していく宿題だと思ってくれればいい」
再び本多の声が明るくなる。
大丈夫、お前たちならいつか踊れる。
そう信じている声だった。
「先ずは、これを見てくれ」
そして全員が注目するモニターに映し出された映像には、本多とダンスチームが踊っている姿。
これが本当に腰を痛めている人間の動きなんだろうか?
本多の動きに魅了されていくメンバー。
これを自分達が?
毎回そう思わされる。
この本多のお手本があるからこそ、まだ足りないと思わされるのだ。
何度か繰り返し流されたダンス映像。
タップダンスの要素を取り入れながら、所々に別ジャンルの所作もあり全体を見れば、はなみずき25のダンスとなっている。
何度目かのリピート中、数名のメンバーが首を傾げ始める。
それを視て、本多は狙い通りと顔をほころばせる。
「さて! この振り付けを踊れるなら、誰がセンターをやってもいい。わかったとは思うがWセンターの振り付けになってる」
ここのところWセンターが続いている。
それでもあえてのフォーメーションなのだろう。
しかも、踊れれば誰でもセンターに立てるという言葉が、いつも後列を踊っているメンバーの表情を明るくする。
「ここに、センター、フロント、バックの振り付け動画がある。好きなものを取っていけ。1ヵ月後に披露して本決定とする。お前らのすべてを使って、これを踊ってみせてくれ」
本多がDVDを広げると、後列の常連になりつつあるメンバーが我先にと群がる。
その全員がセンターの映像を持っていく。
あとから動き出したメンバーは、レミと史華。
二人は無言で後列の映像を手に部屋を出ていく。
そして、難しい顔をしていたメンバーの中で最初に動いたのは宿木ももだった。
ダンス巧者として認識されているももは、悔しそうに机を叩きながら立ち上がる。
「……っ!」
ももが選んだのは、……後列の映像。
「もも、本当にそっちでいいのか?」
本多の言葉に、ももの表情がさらに歪む。
本当に悔しそうな、表情をしている。
「わかんない、でも! ……私じゃ踊れない。そんな気がする」
「そうか」
フロントでもなく後列の映像を持っていくことへの屈辱を感じているのかもしれない。
だが、本多は本当に感心していた。
よく見ていると、よく自分を客観視できていると。
技量だけではない、ダンス以外の知識がないと踊れないこのダンスの本質を見抜いている。
言語化できないというもどかしさも、もものこれからの伸びしろを感じさせていた。
ももの次は、新しいはなみずき25のメンバーとなった矢作智里。
彼女はフロントの映像に手をかけていた。
だが、どこかセンターに未練を感じさせている。
「よう、矢作。フロント好きだな」
本多は茶化す様に智里に声をかける。
そんな本多に向けるのは、やはり悔しさの残る顔だった。
「今は……でも! ……いつかは、センターを踊ります」
「そうか、期待している」
おそらく本当に踊れるようになるだろう。
だが、今この時間では無理だと判断した。
向上心と現実感のバランスがいい。
本多は予想通りの答えに満足したような顔を智里に向ける。
その顔が、より智里の顔を歪めるのだった。
智里が去った後、悠々と前に出てくるのは高尾花菜。
はなみずき25のエースと言われるはなみずき25の顔だ。
自信に満ちた顔で、花菜はセンターの映像に手を伸ばす。
「花菜、お前はセンターか?」
「当たり前でしょ」
本当にできるのか?
そう問われれば、花菜は当然だと答える。
本多は、言葉以外でも視線で問い続ける。
だが、花菜の答えは変わらない。いや、変える必要が無いと視線で答えている。
「無理はするなよ」
「……絶対に踊ってみせる」
あきらめた本多を置いて、花菜は部屋を出ていく。
部屋に残っているのは、もう美祢一人となっている。
悩んだ表情のまま、流れる映像を凝視している。
「賀來村、お前はどうする?」
「……」
本多に促され、美祢がDVDに手を伸ばす。
一瞬の躊躇のあと、美祢はセンターとフロントの映像を手にする。
「両方か」
「わかりません。踊れるかどうか。でも踊りたいんです」
無理かもしれない、でも、自分の希望に手を伸ばす美祢を見て、本多は本当に成長したと思う。
ちょっと前まで、誰よりも先に後列の映像を持って行っただろう。
誰よりも前列に憧れ、後ろから渇望の視線を送っていた少女が、こうして自分の意思をもって動きだす。
なるほど、安本とあの若手作家が注目するわけだと納得する。
あの時の苦しい表情で踊っている美祢は、もういないようだと安心した表情を見せる。
「そうか、ガンバレ」
「はい!」




