二百六十四話
はなみずき25のメンバーの表情が優れない。
立木は、矢作智里が何故はなみずき25に合流するのか。その経緯を素直に話した。
安本の計画もカメラの前で、隠さず全てを話した。
何故『はなみずき25 つぼみ』というアンダーグループを創設したのか。
そしてその中で、何故矢作智里だけがはなみずき25に合流することになったのか。
普段は計画の真意など見せないのに、公表するとなったら大胆に公表してしまう。
すべての始り、『エンドマークの外側』から始まる安本の真意を。
本当は、全員がはなみずき25というグループの中に納まるはずだった。
しかし安本の狙いとは違い、かすみそう25一期生のみで機能し始めたグループ感。
だからこそ、安本も本当はこのまま継続していく予定だったという嘘を交えて。
賀來村美祢というアイドルが、2つのグループに所属している状態に無理が生じているのは本当だった。
現実にシングル曲に不参加という、本来ならあってはならない事態が生じたのだから。
だから改善案として、美祢の兼任解除とつぼみというアンダーグループがあった意味を残したいと矢作智里がはなみずき25に合流するという経緯がカメラの前で話される。
智里の合流に不満が無いわけではない。
でも夢乃の卒業があり、今後また誰かの卒業が決まれば、グループとして手薄になるのは明かだ。
それを肌で感じているメンバーは、声に出して反対はしない。
実際、夢乃がいない状態で美祢もいない今のシングルは、販促活動が十分でなかったと感じているメンバーが大半だった。
その結果、はなみずき25の現行のシングル『あなたと行きたい場所がある』の売り上げは、かすみそう25の現行のシングル『隣のあなたに』に並ばれてしまっている。
負けはしなかったモノの、後輩グループに並ばれてしまったショックは思いのほか大きかった。
美祢が復帰して、補強として新しいメンバーが入ることに不満を口にしている場合ではないことを理解していた。
メンバーからの不満が出てこないことを確認すると、立木は改めてフォーメーション発表の空気を作り直す。
「じゃあ、かすみそう25の新曲フォーメーションから発表していく」
いつものように、3列目から順番に名前が呼ばれていく。
かすみそう25の二期生は、まだショックから立ち直れていない。
呼ばれてもほぼ無言で、どうにかその場に立ち上がるのが精いっぱいと言った様子がよくわかる。
「……フロント二名は、千曲、福馬だ。Wセンターは賀來村、矢作。頼んだぞ」
フロントで呼ばれた千曲佑実子と福馬初海は、初のフロント起用だというのに、まるで能面でも付けているかのような表情のまま立ち上がる。
メンバーの中で、唯一計画の全容を知る美祢は、かすみそう25の最後の参加曲へ並々ならぬ意気込みを込めて返事をする。
「はい」
他のメンバーより先に、はなみずき25への合流を聞かされていたはずの智里でも、その衝撃から未だに開放されていない。
何とか、か細い返事をするのがやっとだった。
「……はい」
そんな状態の智里だったが、立木にとっては想定以上の反応であった。
しっかりしたメンバーではあるが、まだまだ10代の女の子。
そんな娘が大人の都合に振り回され、自分の居場所を奪われたのだから、もっとショックを受けていていいはずだった。
だが優れない顔色のまま、自分に視線を返す。
上出来の反応だった。
カメラにも、その表情は捉えられているだろう。
安本源次郎という抗えない理不尽に振り回された、可哀想なアイドル。
その姿を強く視聴者に印象付けることには成功した。
そしてこれからの活動で、彼女がどれほど頑張れるかで矢作智里というアイドルの運命は変わる。
初めは同情心からの応援が続くはずだ。
だが、はなみずき25で立ち位置を確保できれば、その評価は一変するはず。
強く、あらゆる理不尽にも屈しない、高尾花菜のような強いエースに。
いや、もしかしたらそれ以上の存在に成ることだって不可能じゃない。
そのためには理不尽の急先鋒である自分が、今、彼女に優しい顔を見せてはいけない。
少なくともカメラの前では、安本源次郎の手足だというこの事実を見せなければいけない。
立木は意図的に冷たく見られようと、今後の展開について話し出す。
「賀來村、矢作が抜けた後のWセンターは佐川、宇井にスライドしてもらうからそのつもりでな」
「わかりました」
返事を返したのは、佐川綾だけだった。
立木を睨むような強い眼差し。
よくわかっているじゃないかと、感心してしまう。
そう、振り回されているのは、なにも矢作智里だけではない。
グループから中心人物を二人も取り上げられてしまう、かすみそう25もそうなのだから。
まして、デビューしたての二期生の不安をよく表現できている。
これで異動についての反感は、メンバーには向かず運営側に向いて来るはず。
かすみそう25への同情も得たはずだ。
「よし、かすみそう25は帰って良いぞ」




