二百六十三話
見慣れた会議室に、はなみずき25とかすみそう25全メンバーが招集されていた。
二つの冠番組のカメラやスタッフも集められている。
間違いなく新曲の製作開始を告げる演出なのだが、腑に落ちないことがあると集まったメンバーは首ををかしげる。
何故、二つのグループの全メンバーが集められたのかということ。
そのことを確認しようと、大人たちに聞いて回るメンバーもいたが、誰一人さえ答えてはくれない。
なんとなくの不安が広がり、ざわつ始める会議室。
そんな中でも、はなみずき25の数人のメンバーは黙って床を見ていた。
ついに時が来たのかと。
立木が数枚の紙を手に、会議室に入るといつものような緊張感が会議室を支配し、さっきまでのざわつきがウソのように静まり返っている。
「全員いるな? 予想できているとは思うが、両グループの新曲作成が始まる」
そう、そこまでは全員が予想できている。
それを確認できたのか、数回頷いて立木は再び口を開く。
「フォーメーション発表を前に、みんなに伝えなくてはいけない話がある。賀來村、矢作、前に」
「はい」
「……はい」
呼ばれた二人の表情は対照的だ。
美祢はしっかりと前を向いて立ち上がり、しっかりとした足どりで立木の前まで歩いている。
対する智里の足取りは重い。
表情も暗く、どこか怪我でもしているのかと思うほど、その表情は歪んでいる。
二人がようやく揃い、並ぶと立木は二人を示しながらゆっくりと、今回の不可解な招集の意味を語りだす。
「永らく両グループを兼任していた賀來村美祢だが、この度、はなみずき25専属に戻る」
その言葉に、両グループのメンバー全員の表情が変わる。
これまでの美祢の頑張りは、誰もが知る所だ。
つい先日のお披露目ライブで、二つのグループのステージを行き来する姿は記憶に新しい。
慣れたとはいえ、以前のように倒れる可能性はいつまでも付きまとう。
それが解消されると、安心したようなはなみずき25のメンバー。
自分達のリーダーで、エースの美祢が、自分達から離れてしまう。
その不安と、あんなに世話になった先輩が遠くに行ってしまうような感覚を覚え、涙が落ちていくかすみそう25のメンバー。
そんな動揺がメンバーに伝播して、いつものフォーメーション発表の空気があるにもかかわらず、私語があふれる。
一瞬、立木は静かにするように促そうかとも思ったが、次自分が口にする言葉を思い出して、無駄なことをせずに、まとめてしまおうと判断する。
「そしてそれに伴い、矢作智里がかすみそう25を脱退、はなみずき25に合流することになった」
今度ははなみずき25のメンバーが騒ぎ出す番だった。
驚きはそのまま声になり、会議室を揺らす。
その声の大きさになのか、それとも純粋に先輩メンバーたちの反応になのか、智里の肩が短く震える。
さっきまでの表情をさらに険しくして、だた床を見つめることしかできない智里にカメラが寄る。
今にも泣きだしそうな表情を見せる智里。そんな表情の智里を見るのは、ファンはおろかメンバーさえも珍しいともうだろう。
しかし、今は智里の表情に注目は集まっていない。
その存在自体に、注目が集まっている。
もう2年も活動していて、少なくない固定のファンすらいる智里。
そのアイドルが活動するグループを変えるというのは、異例中の異例。言葉を選ばなければ、異常と言える。
「はいはい、静かに! とは言ってもだ。今回のシングル活動期間は、二人とも両グループ兼任することになる」
今すぐに、すべてを変えるわけじゃないと話始めた立木に、埼木美紅は空気を読まず声を上げる。
「待ってください! 美祢はかすみそう25のリーダーですよ!?」
「ああ、わかってる。それについては……」
当然考えている。
そう言葉にしようとした立木を、美祢が手を挙げて制止する。
「あ、あの。それは私から伝えさせてください」
「そうか」
まあ、その演出でもいいだろう。
そう判断した立木は、美祢の言葉を受けて大人しく引き下がる。
智里に向いていたカメラが、今度は美祢へと向けられる。
「かすみそう25のみんな、突然でごめんなさい。いきなりで驚いたよね? でも二つのグループが今新しく活動を広げるためには必要なことなの。……それに、もうみんなは私がいなくても大丈夫」
美祢が笑顔を見せながら、幼いメンバーの多いかすみそう25へと語り掛ける。
「私の兼任解除に伴い、リーダーも新しく任命されます。私の意向に沿ってくれた人事になりました」
自分の後、新しいリーダーはもう決まっている。
美祢の視線が、あるメンバーの方へと移っていく。
「新しいリーダーは……、美紅。お願い」
「えっ!? 私? ……無理無理無理!」
突然美祢の視線が合ったと思ったら、新しいリーダーに任命とは。
これまでの美祢を思い出し、これまでの自分の活動を思い出すと、自然に美紅は声を上げてしまう。
自分に務まるわけが無いと。
拒否する美紅に優しく近寄り、美祢はその肩を抱いて諭すように語り掛ける。
「大丈夫、大丈夫だから」
「……でも」
美紅の表情は、未だに固い。
カメラさえ意識できないほど。
もう何時泣き出してしまってもおかしくはなかった。
そんな美紅に、今度は言葉に力を込めて語りだす美祢。
「あなたは、みんなをよく見てくれている。私がいない期間も副リーダーのヒナちゃんを支えて、二期生のフォローもしてくれた。だから今まで通り、そのままの美紅で支えてあげて」
「……でもさぁ」
美祢の言葉でも信じることができない。
後ろを見れば、かすみそう25の二期生メンバーも不安そうな表情だ。
「大丈夫。年下でも、一期生は美紅の支えになってくれるから。大丈夫」
その言葉で、美紅の視界に一期生6人の顔を映り込む。
二期生とは違って、その表情は明るい。
フォローは任せろと、その表情は言っていた。
もう一度、美紅は美祢の顔を見る。
「私でいいの?」
「美紅なら大丈夫」
疑う様子も見せない美祢の表情。
それに何度助けられてきただろう。
最後にもう一度信じるからと、美紅はようやくその首を縦に振るのだった。
「……うん。わかったぁ」
「ありがとう」
さて、かすみそう25のターンは終わった。
はなみずき25のメンバーの中には、まだ、説明が足りていないと固い表情が見受けられるのだった。




