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二十六話

「とうとう本番だね、こっからは笑顔で。失敗しても間違ってないんだって笑顔で、皆で乗り切るよ!」

「はい!」

 お披露目イベント当日の舞台裏。『はなみずき25 つぼみ』のメンバーたちは円陣を組みリーダーである美祢の言葉に集中していた。

「満開目指して全開笑顔! どこまでもまっすぐに! つぼみー! っおー!!」

「イエ~イ!!」

 メンバー全員の手が空を目指して大きく掲げられる。

 こうしてイベントの幕が上がった。


「それでは登場していただきましょう! 『はなみずき25 つぼみ』の皆さんでーす!!」

 歓声を受けて美祢達はステージに駆け上がる。その表情は緊張で硬い。あいさつのために整列する一瞬、美紅がメンバーのほうを見て笑顔を作る。それを見た若いメンバーたちは思い出したように笑顔を作る。

 その表情はまだ硬さが残るが、初のステージと考えれば十分合格の笑顔だ。

「やっぱりすごいなぁ」

 美祢はマイクに乗らないような小声でつぶやく。

 隣にいた美紅だけが音を聞き取ったようで、何事かと美祢のほうを向く。

 それに首を振り、なんでもないと客席に笑顔を向ける。

「じゃあ、自己紹介から行きましょう!」

「私たち、はなみずき25 つぼみです。よろしくお願いします!!」

 美祢の声を受けてメンバー全員が丁寧なお辞儀をする。今新しいアイドルが始動したのだった。


 イベントはつつがなく進行し、トークパートから歌唱パートへと移行していた。

 新しいグループなので新曲は1曲のみ。それ以外は先輩たちであるはなみずき25の楽曲を使用している。

 ただ、それは先輩たちであるはなみずき25との歴然の差を目の当たりにする機会でもあった。

 確かに自分たちのほうが人数は少ない。だが、それでもどこか借りてきた感がどうしてもぬぐえない。

 違和感はメンバーのパフォーマンスを下げ、下がった分を補おうと無理をするメンバーが増えていく。

 慣れないステージの緊張と今まで必要としなかった集中力の連続で、美祢以外のメンバーの体力は限界だった。

 早着替えの途中、それまで新メンバーの中でなんとか美祢に喰らいついていた智里が床に座り込んでしまう。

 智里の足は膝が震え、気力を振りしぼってさえ立つことすらままならない。

 それを見た他のメンバーたちに、今まで考えないようにしていた疲労感を突如として思い出させた。

 新メンバー全員に「失敗」の2文字がちらつく。


「ほら! みんな!! 笑顔、笑顔だよ!!」

 一人着替えを終えた美祢は、疲労感漂うメンバーに笑顔で声をかける。

「笑顔があれば、絶対大丈夫だよ! みんなの笑顔はファンみんなにとって魔法なんだから!」

 美祢の言葉を聞き、智里が足に活を入れて立ち上がる。疲労でボロボロではあったがその顔は辛うじて笑顔と呼べるのもだった。

 智里の無言の頑張りは、他のメンバーに伝染しなんとか皆着替えをはじめる。

 しかし、それはもはや早着替えとは呼べないものでステージに穴が開くのが目に見えていた。

「よし! みんな! 着替えたら5分間休憩してて! 必ず、みんなでこのステージやりきるからね!!」

 美祢はみんなにそう声をかけて、イベントスタッフのもとに走り出す。


 会場は少し登場の遅いつぼみメンバーたちを訝しんでざわつき始めていた。

「みんなー! おまたせ~!」

 現れたのは美祢一人きり。

 美祢の笑顔にファンたちは、そういう演出だったか。美祢一人ならあの曲しかないだろうと、期待を膨らませていた。

「じゃあ、今日集まってくれたみんなに話題になってくれたあの曲を聴いてもらおうかなぁ~って思います」

 笑顔の美祢がそういうと、どこからかファンの声が響く。

「みね吉~!! やめないで~!!」

 その声に会場から笑いが起きる。

「そう! それなんだけど、フフ。これ、コールにしちゃう? みんな絶対やってよ?」

 湧きあがった笑いに応え、美祢が再び話始める。

「じゃあ、もう一回お願いね。今度はみんなで!!」

「みね吉~! やめないで~!!」

「やめないよ~!!」

 それにまた笑いが起き、それが引くとメロディーが流れ始める。

 美祢のソロ曲『エンドマークの外側』がながれると、美祢は一瞬だけ笑顔を見せて表情を創る。


 その瞬間、少数残っていた新メンバーがステージに居ないことに違和感を感じていたファンも、その存在を忘れてしまうほど美祢に引き込まれていた。

 会場全員の目を美祢が受け止め、歌い始める。

 美祢が稼いでくれた貴重な5分間を使い、メンバーたちは舞台裏で最悪まで落ちていたコンディションを何とか整えている。

 肩で息をしているメンバーも膝に手をついて下を向いているメンバーもエンドマークの外側を聞きながら、何とか必死に笑顔を創ろうと格闘している。

 スタッフはそれを見て、何とか励まそうと少しだけでもと声をかける。

 それは自分たちの不甲斐なさの表れだったが、涙を何とかこらえ口角が上がっているか互いに確認し合うメンバーたち。

 曲が終わると、みんなでうなずき合い最後の元気を振り絞って走ってステージに上がる。

 会場のファンには笑顔しか見えないように、つぼみたちが一つになって満開とはいかないまでも笑顔を届けたイベントは終了した。

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