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二百五十六話

 片桐は、弁明のしようのないやらかしをしてしまった。

 アニさんと慕う山賀の書籍の発売日を把握していなかった。

 絶対に読みますよ~。なんて酒の席でも言ったのが、脳裏に帰ってくる。

「……ヤッベ。……じゃあ、先生。収録で」

 こうなっては、もう撤退するしかない。

 咥えていた、まだ半分も残っているタバコを灰皿に落して、早口で別れをして早歩きで逃げていく。

 まるで片桐だけ1.5倍速になったかのような早業だった。

「おいおいおい! ……ったく」

 その速さに、山賀は片桐を捕まえることができずに呼び止めるしかできなかった。

 しかし反応しない片桐は、喫煙所に残った二人の視界からもう消えてしまった。

 最後まで言いたいことが言えなかった山賀は、唇を噛んでしまう。

 そんな山賀を見て、主は軽く噴き出してしまう。

「相変らず仲がいいですね」

 仲のいい、年頃の兄弟げんかを見ているような微笑ましさがあった。

 そんな軽い口調が不愉快だと、山賀は主を睨む。

「あっ!? ……いや、そこまでじゃない」

「そうですか」


 また恥ずかしいところを見せたなと、山賀は主から視線を外す。

 大丈夫解ってますよと、主は煙を吐きだすのだ。

 山賀は少しだけ居心地の悪さを覚えるが、さっきの話の続きを思い出して主に声をかける。

「先生。済まんが2席用意できるか?」

「試写会ですか? 大丈夫だと思います」

「すまない。どうしても、見せたい奴がいるんだ。ただな、芸能人じゃないけど、いいか?」

 見せたい人がいる。

 そんな山賀の言葉の意味が分からない主は、それを快諾する。

 だが、宣伝にならないのは申し訳ないと、山賀は再び頭を下げるのだった。

「全然全然! 大歓迎です」

 そこまでしてもらうわけにはいかないと、主は山賀を制しながら、何も問題ないと告げる。

 正直なところ、監督の奥津も主の交友関係に宣伝効果は期待していないと話していた。

 だから、誰でもいいから席を埋める要因として、誰かを誘えと。そう言っていたのだ。

 だから本当に何も問題無いんだと、主はしっかりと言う。


「そうか、ありがとうな」

 さっきより柔らかい表情になった山賀は、心底嬉しそうに表情を緩める。

 手にした情報と、苦戦しながらも読んだ小説。

 それを目にしたときから、山賀にはどうしてもこの映画を見てもらいたい人がいた。

 それが叶うんだと、何となく肩の力が抜ける感覚がある。


 誰が来ても問題はない。

 だが、それに新しい興味が生まれてしまう。

 芸能界の知り合いではない。だが、この映画を是非見て欲しいという人物。

 しかも誰よりも早く、試写会で見せたいと山賀が思った人物。

 主の好奇心が、顔を上げる。

「で? 誰なんです?」

「ああ、片桐の嫁さん」

 聞き慣れない言葉が聞こえてきた。

 あの片桐が、結婚している。そんな言葉だったように思う。

 何度思い返してもそう聞こえた。

 つまりは、片桐が結婚していると言いうことか。

 主は、今日一番に驚いた顔を山賀へと向ける。

「えっ!? 結婚されてましたっけ?」

 そんな訳は無いだろうという、確認も含まれた言葉。

 見るからに遊んでいるかのような外見。

 女性よりも同性の遊び相手のほうが大事だと言い切ってしまいそうな、その性格。

 意外としか言いようがないと、主は表情から言っていた。

 それを視た山賀は、呆れたような視線を主へと向ける。

「先生、それ本人に言うなよ。キレっから」


 そういや、昔っからそれっぽいこと言われて喧嘩になってたな、あいつ。

 変ってないのはどっちだよと、山賀はため息を落とす。

「あ、はい」

 こわばった表情を見せた主を見て、そう言えば自分はお願いをしている立場なのを思い出す。

「まあ、何となく見せたいってだけだからさ。無理にじゃなくっていいから」

 本当に無理しなくていいからなと、山賀は念を押す様に言う。

「大丈夫ですよ。あ、ドッキリみたいになりません?」

 そっちに対しては何も問題ないと、改めて山賀に伝える主。

 だが、もう一つ新しい問題が生まれてしまう。

 山賀が片桐の奥さんを誘ったとして、もし何も知らない片桐が現場で鉢合わせしてしまったら?

 柔らかく言ってもドッキリ。悪くとらえられたら?

 最悪、片桐と山賀の関係にひびが入るのでは?

 そんな余計なことまで考えてしまう主に、山賀は主にも呆れたような視線を向ける。

「ああ、大丈夫さ。あそこは仲がいいから。それに嫁さんが行くって言えばあいつも来るだろ」

 そう、渋っていた試写会にも揃って出席する姿が容易に想像出来る。

 なんだかんだ言って、付き合ってた頃から片桐は嫁の言葉を無視できないんだから。

 山賀の言葉に、主はどうしても自分の想像とは違うと表情から語ってしまうのだった。

「そうなんですね。申し訳ないですけど、意外です」

「本当に言ってやるなよ。可哀想だからさ」

 本当に、いつかこの二人は喧嘩になるんじゃないだろうかと、心配が増える山賀だった。

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