二百五十五話
映画製作の話合いやら、新作原稿の打ち合わせなどで足の遠のいていた『はなみずきの木の下で』と『かすみそうの花束を』の収録スタジオ。
主は久しぶりに都合をつけてくることができた。
久しぶりに対面した、アット君のきぐるみ。
久々に頭を通しても丁寧に保管されていたとわかる。
とてもありがたい。そして申し訳が無かった。
もう少し自分のスケジュール調整が上手くできないとダメだなと反省してしまう。
そんな楽屋に一人いれば、どこか寂しく感じてしまいタバコを手に喫煙所へと足が向く。
「あ、久しぶり先生」
喫煙所には山賀と片桐の姿があった。
両番組のMC陣で、喫煙する方の芸人たちが先にいた。
「山賀さん、それに片桐さんも。お久し振りです」
「聞いたよ。先生の映画もうすぐなんだろ?」
火をつけようとしていたタバコを咥えた主の肩を抱くように引き寄せる山賀。
片桐は少しだけ主に対する警戒心を緩める。
自分の慕う先輩芸人が、安本依頼の監視対象に不用意に近ずくのだ。
それなりに安心なんだろうと。
そんな片桐の視線など気が付かない主は、自分の直近の大きな仕事に触れる。
「そうなんですよ。あ、お二人とも試写会来ます?」
「あ、俺は美祢から誘われた。行くかわかんないけど」
「あ、お前の方誘ったんだ」
主の提案を断りつつ、その話は聞いていると告げる片桐。
その片桐に、少し妬いたような表情を向ける山賀。
自分は誘われていないのにと、雄弁に語っていた。
「そりゃそうですよ! 何せアニさんよりも2年近く長く付き合いありますからね」
そんな山賀に得意げに胸を張る片桐。
知り合って世話をしてきた年数が違うと。
「山賀さん、僕が招待しますよ」
「本当か? ……じゃあ、行こうかな」
主の提案に素直に乗る山賀を見て、片桐は驚いたような顔を見せる。
もしかして、美祢に誘われなかったのが不満ではなく、本当に映画目的で行きたかったのかと。
そんな態度の山賀に違和感を覚えた片桐が、驚きを隠そうともしないで想ったことを素直に口に出してしまう。
「えっ!? アニさんが映画!? いっつも冒頭10分で寝ちゃう、あのアニさんが!?」
「いつの話だよ。今の俺趣味は映画だからな、そこらの評論家より見てる自負があるね」
お前と会っていなかった10年間で、趣味の一つぐらいできたわと誇らしげな山賀だったが、そんな山賀を見て不安そうな表情で片桐は疑問を口にしてしまう。
「タイムマシーンもロボットも出ないらしいですよ」
「だから、いつの話だ。……まあ、そっちの方が好みなのは事実だけど」
いつまで昔の話をしているんだと、言った山賀だったが最終的にはその声は小さくせざるを得なかった。
未だにSF系の映画は、心が躍るし大好きなジャンルの一つだ。
そこを否定できないのが少しだけ悔しいと、唇を尖らせる。
「じゃあ、なんで?」
なんで好みでもないジャンルの映画、しかも知り合いが関わっているような、少しだけめんどくさい試写会なんかに足を運ぶ気になったんだ?
その行動が、一番山賀らしくないと片桐が掘り下げようと疑問を投げる。
片桐と主の視線に、少しだけ恥ずかしくなった山賀が二人から視線を外しながら答える。
「あ、ああ。何となくな。……原作読んだら少し興味が出た」
「先生? あの映画の原作って漫画あるの?」
山賀が小説を? そんなわけが無い。
ああ、なるほど。原作のコミカライズね。それなら確かに。
でも、そんなものがあるなら自分の手にもあるはずなんだけど?
そう思った片桐が主に問う。
そんなものがあるのかどうか。
「そんな訳ないじゃないですか。初の商業化ですもん」
主はやれやれとした表情を浮かべながら、首を振る。
そんな何でもかんでも商業化なんてできませんよと。
これまでの仕事は、あくまでも幸運が重なっただけ。
そもそもあの原作は、映画の情報が解禁された今でさえわざわざ読みに来る人が少ない。
片桐と主が、ふと山賀の言葉の意味を理解したように真顔になる。
ということは、つまりは、わざわざ小説投稿サイトを開いて、主のあんな初期の作品を読んだということか?
誰が?
山賀が?
さすがにそんな訳は無いだろうと、二人は山賀を見る。
「……読んだんだよ。先生の小説」
照れた表情を隠しながら、いつもよりも小さい声で答える山賀を見て二人は目を見開く。
そして片桐は抑えられないとでも言うように、頭に浮かんだ言葉をそのまま音として発してしまう。
「……うっそだぁ~! アニさん、さすがにそんなドッキリには引っ掛かりませんよ」
あの山賀が? 小説を? 活字を読んだ?
そんな馬鹿なことがあるわけない。
ならそれは、ドッキリ番組の仕込みに違いない。
映画の話題を主に振ったのも、そのため?
だとしたら、脚本がお粗末すぎると、苦言を添えて。
「あ、カッチーン。お前、俺の書籍読んでないな。ああそうか。そういうことだな」
そこまで馬鹿にされては、山賀もさすがに反撃に出ないわけにはいかなかった。
後輩芸人にイジられるのは嫌いではない。
でも、物事には限度があると。
何度も言うように、お前の知らない10年という月日がある。
お前が不義理を働いていた、10年は決して短くは無いんだぞと。
俺は書籍すら自分で執筆して、売り出す程に変ったんだと。
そんな山賀の態度に、焦ったように弁明をはじめる片桐。
尊敬する先輩芸人の動向は、ちゃんとチェックしています。
当たり前ですよ、何そんなに怒ってるんですか? と、弟ムーブ全開で媚びに行く片桐がいた。
「読んでます読んでます!」
だが、山賀の言葉と片桐の言葉に違和感を覚えた主が、ついついこぼしてしまう。
「あれ? その書籍ってまだ……」
そう、確かに山賀の書籍販売のニュースは知っている。
だけど、それってまだ先の話じゃなかったっけ? と。
「そうだよ! まだ発売されてないよ! 再来月発売だからな!」
形勢が逆転したのを確認すると、山賀は攻勢に出るべく片桐を追い込む。
お前、慕ってるとか言ってる割りに、こんなひっかけに引っかかるんだな。
わかりやすい手に引っかかりやがってと、冷たい視線を片桐に向ける。




