二百五十三話
リリープレアーのライブが終わると、主は奥野との約束通りアイドル達の楽屋を訪れた。
いつものように、かすみそう25やはなみずき25の楽屋を訪れるときとは違い、少しだけ緊張を感じている主がいた。
リリープレアーのメンバーには、少しだけ受けの悪い主。
理由はリリープレアーのメンバーの中に、自称水城晴海の彼女が複数人いるからだ。
グループ内恋愛という設定のあるリリープレアーではあるが、それを外から見るのと内側から見るのでは少しだけ風景が違う。
自分への対応を見るに、この娘もしかして……。
そう想わざるを得ないメンバーが確かにいるのだ。
そして当の水城晴海はそんなことも気にする様子もなく、入り口で中をうかがう主を見つけて嬉しそうに走ってくる。
「先生ぇ~!」
「あ、水城さん。お疲れ様」
「間に合ったんですね」
満面の笑みの晴海。それに笑顔を返すと、楽屋の中から冷たい視線が飛んでくる。
果たしてこの視線は晴海関係なのか、それともライブに遅刻してきた薄情者を見る視線か?
どっちにしろ、あまり歓迎されていないのは確かだ。
そんな視線を受けながら、主は晴海の問いに正直に答える。
「うん。……あ~、『甘噛み』には残念だけど……。あ、けどソロ曲のほうは聞けたよ」
「本当ですか! ……あ、あの、どうでしたか?」
自分のソロ曲を聞いてもらえた。
そのことが心底嬉しそうに喜んだ晴海。
そして少し遠慮がちに、自分のパフォーマンスへの感想を求める。
主がよく知っている晴海の姿。
どこか自分に自信のない表情を浮かべている。
だが、それは自分の前だけなのだろうとも思う。
メンバーたちはその様子に快く思っていないような表情を浮かべている。
主はそれを視ない振りをして、率直な感想を口にする。
「うん、凄い良かったよ。水城さんの表現力は凄いね」
「えぇ~、うれしい。……あ、あの、賀來」
少し言いよどむ晴海。
主はわかった。自分と賀來村美祢というアイドルを比べているのだろう。
パフォーマンスの差をどこかで感じ、彼女をよく知る主にどっちのほうがと聞きたかったのだろう。
「ん?」
この場で応えることのできない質問。
美祢を比較対象にしてしまえば、主には客観的な感想を口にすることはできない。
どうしても贔屓目が出てしまう。
彼女をそばで見てきた弊害かもしれない。
それは望んでいる自分が引き起こしたこと。
だがら主はその質問も見ない振りをつき通すしかない。
「いいえ、何でもないです」
「そう?」
主の纏う空気が、それ以上聞かないで欲しいと言っているのに気が付いた晴海は、聞こうとしていた質問を飲み込む。
その主の態度が、何よりの答えだと。
何かを悟った晴海が顔を伏せると、タイミングを見計らったかのように主に声をかけてくる人物がいた。
大熊吉夏が晴海と主の間に流れそうになっていた、不穏な空気を吹き飛ばしてしまう。
「あ~!! 先生だぁ!! どう!? よかった?」
吉夏は何がとは言わない。
もちろん、自分がセンターの曲の感想しか聞いていない。
先生も気にしてたでしょ? そんな言葉が表情に隠れていた。
「あ~、ゴメン。間に合わなかった」
「えぇ~!! ひどくない?」
吉夏が先日見せていた映画現場での態度とは、まったく別人かのようだ。
それは主が知っている吉夏ではなかったから。
美祢と緊張したように話している姿をみた時は、思わず吹き出しそうになったほどだ。
彼女の性格は晴海とも美祢とも違う。
どちらかと言えば、花菜よりの性格だ。
自分への絶対の自信を持ちながら、敵わない人には素直に敬意を表する。
竹を割ったかのような性格をしている。
外行きの顔をしていないときの吉夏は、まるで主人公気質の少年かのような人だ。
主は少しだけ思う。
だからこそ、吉夏は美祢に惹かれてしまうのかもいれない。
吉夏は映画撮影の後から、少しだけ変わった。
歌詞の意味を、物語の人物の感情を少しだけ自分に取り入れてパフォーマンスするようになった。
もしかすると、美祢と関わったおかげで何か感じるものがあったのかもしれない。
そのことが周囲の大人たちに、大熊吉夏は今後何かをきっかけで大化けするアイドルになるかもしれないと想わせていた。リリープレアーのスタッフの噂話では、先の映画に吉夏をねじ込むのに奥野社長は多大な苦労を強いられたという。
だが、今の吉夏を見ればその苦労のし甲斐があったように思える。
ああ、だからか。
先ほど対面した奥野社長が、上機嫌に見えたのは。
そんなことを考えながら主は、オーバーに怒ってみせる吉夏に合わせる様に自分も大げさに吉夏に謝ってみせる。
「ゴメンって、ね?」
「自分で書いた曲なのになぁ~」
吉夏にこうした態度を取られるのは、主としては正直有難い。
はなみずき25でも、かすみそう25でもこうして他のメンバーたちと打ち解けあったんだから。
これをきっかけに、このグループとも良好な関係を築けたら今後の仕事もやりやすくなるだろう。
吉夏からのイジリを受け入れる体勢が整う主だったが、残念なことに気が付いていなかった。
あの頃のはなみずき25も、そのアンダーグループであったつぼみも発言力の強いメンバーは、あえて静観してくれていた。
だが、このグループの中心メンバーは、水城晴海だ。
後輩が大人にこんな態度を取るのをついつい諫めてしまうのだった。
「キッカ!」
「だって、ハルさん」
いや、もしかしたら主に対してそんな態度を取らないでという一喝だったのかもしれない。
思わず出てしまった大きな声。
それに対する周囲の反応をみて、晴海は『やってしまった』という表情を見せてしまう。
それが周囲にいるメンバーには、面白くないのもわかったのかもしれない。
一呼吸おいて、冷静になれと言い聞かせながら、先輩としての言葉を後輩に言い聞かせる。
「色々と忙しいんだよ。私たちだけの先生じゃなないしね」
「はぁ~い」
「ゴメンね、水城さん」
立ち回りの難しい立場に追い込んでしまったと謝る主に、晴海は気が付いていない。
先ほどから、何か思い詰めたような表情を時々浮かべる。
「いいんです。……あ、あの」
「あっ! 私飲み物取ってきます!」
何かを察したような吉夏は、笑顔で二人の前から去ろうとする。
「……」
「え?」
この雰囲気で、その行動はちょっと……。
主は内心焦っていた。
この状態の晴海とこの場に残されるのは、何やらマズい気がしてならない。
「頑張れハルさん」
「もぉ~、あの娘は」
「あ、……」
吉夏も主と同じことを考えての行動なのだろう。
主はその背中を名残惜しそうに見送る。
「先生、あっち……いいですか?」
「……うん」
奥野社長に言われた言葉が、再び帰ってくる。
もう先延ばしすることはできない。
主は覚悟を決めるのだった。




