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二百五十一話

 かすみそう25の楽屋の片隅。

 そこにはケイタイを耳に当てながら、何度も90度に腰を折る主の姿があった。

「はい、はいはい。そうなんです! 急な、本当に急な仕事が入ってしまって。……いえいえ! 行きます行きます! ただ少し遅れそうだなってことで。いえいえ! そんなそんな! 本当にすみません。必ず伺います」

 大の大人が見せるには、はばかられる姿を惜しげもなく見せつける主。

 若者たちにこういう大人もいるんだぞと、その背中は語っていた。

 そしてその姿は、正しくかすみそう25のメンバーに伝わったようだ。

「うわぁ。最低」

 あまりにもあまりなその姿に、美紅は完全に引いていた。

 ライブに招待されていながら、そのライバルグループの楽屋からわびの連絡を入れているのだから仕方のないことだろう。


「パパぁ……」

 流石の公佳もその姿には残念そうだ。

 出来れば見たくも見せられたくもない、その背中。

 本当の親子ではないが、初期から父と慕っていた男の背中の中でも見たくないランキング一位の背中だ。

 そして騒ぎを聞きつけた義理の妹も何とも言えない表情をしていた。

「……兄さん。それはちょっと……」

 身内として恥ずかしいやら、そんな姿を見せることになった兄が不甲斐ないやら。

 これからライブをしないといけないのに、何と言う失態をメンバーに見せているのか。

 もう複雑すぎて綾のほうが消えたい気分だ。


 そして美紅が再び口を開く。

「先生、社会人として、それどうなんです?」

「お願い、見ないでください」

 いつものようにイジッテくるような口調ではなく、本気で落胆している口調には主もさすがに羞恥心を覚える。

 見せようとして見せた姿だったが、思ったよりヒドイ姿だったのを自覚する。

 思わず顔を覆い隠してしまう。

 その主の姿が、より一層ダメな大人を演出してしまっていることに気が付いていない。

 そんな落ち込んでいく主を見て、動いたのは美祢だ。

 四面楚歌になっている主を抱くようにかばいながら、美祢はメンバーに吠える。

「もう! みんな追い討ちしないの!!」

 だが、そんなことを言う美祢の顔に、そこまでの迫力はない。

 羞恥心を感じている主が、可愛くて愛おしくって思わず口角が挙がってしまう状況。

 そんな屈折した美祢を見て、メンバーは流石に引く。

 美祢と主にドン引きだった。


「先生今なら間に合いますから。行ってください」

 ようやく周りが大人しくなったのを確認すると、美祢は主に優しく語り掛ける。

 自分達はいいから、先生の仕事を優先してほしいと。

 本心では言ってほしくはないと思いながらも、美祢は主を優先する。

 美祢の眼を見た主は、ゆっくりと首を振る。

「……いや、2曲目まで見ていくよ。せっかくだからね」

「いいんですか?」

 美祢も主もそれが良くはない選択なのはわかっていた。

 だが、美祢は主がステージを見てくれる喜びが隠せない。

 そして、主は寂しさを隠して気丈に振舞おうとする美祢を放ってはおけなかった。

 自分の選択をここまで露骨に喜ぶということは、さっきの美祢が言った言葉が何を意味しているのかも分かっている。

 だから主は、もっともらしい言い分を付け加えた。

「うん。ファンの人たちの反応、気になってるのは本当だから」

 少し照れたような笑顔を添えて。


 その場にいたメンバーが、お互いの顔を見比べていた。

 さっきまでの主へ抱いていた感情とは、少しだけ方向性の違う感情。

 それを顕著に表現したのは、公佳だった。

「パパ! 大好き!!」

 誰もが一瞬動けないでいた時間を縫って、公佳は全身で喜びながら主へと飛び込んでいく。

 美祢さえも動けないでいた一瞬で、公佳は主の胸の中へと納まる。

 さっきまでの美祢との関係とも違う、公佳と主の関係性。

 見慣れた光景なのだが、こうも見せつけられては面白くない人物もいる。

「兄さん……本当に大丈夫なんですか?」

 喜んでいる自分を隠した綾が、主が選択し直せるような声をかける。

 たぶん変らないだろうと、確信しながらも。

 綾の心に芽生えたモヤモヤをごまかす様に。

 あくまで義妹は主自身を心配するような姿勢を崩すわけにはいかなかった。

 

 だが、主はそんな綾に心配はいらないと言った表情で応える。

「まあ、もうここまできたらね。……信用失った分、何かで取り戻しておかないと」

 あくまでも後ろ向きな決断だと隠さない主に、美紅が心底残念な人を見るような目を向けてきっぱりと言い放った。

「先生。私は先生みたいな大人にならないよう気を付けます」

 主は公佳を胸に抱えたまま、美紅の眼をまっすぐ見る。

 そして清々しい表情を浮かべて、はっきりと返答をする。

「うん、ありがとう。反面教師にしてくれたなら少しは助かる」

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