二百五十話
はなみずき25とかすみそう25の新シングルお披露目イベント、そのかすみそう25の楽屋に主がいた。
最初にその姿を見つけたのは、埼木美紅だった。
いつものように悪戯好きな表情ではなく、本当になんでいるのか? と言った表情で美紅は主に声をかけた。
「あれ? 先生。今日来たんだ」
「まるで来ちゃいけないような言い方」
「いや、そうじゃなくって」
美紅の問いかけに、主はいつものような返答を返す。
出会った頃から続いている、主をイジルような言葉にも主は慣れたように見える。
だが、今日の美紅の表情はそうだとは言っていなかった。
本当になんでいるのかを真剣に問うている。
そんな彼女の表情を見ないまま、主はいつもの調子で答えを続ける。
「そりゃ来ますよ。だって僕が書いた歌の初披露ですからね」
「ああ……、?」
そんな仕事熱心な主の答えを聞いても、美紅の表情は冴えない。
納得できたような、そういう答えではなかったような?
まるで主の答えが、芯を食っていないかのような気持ち悪さを美紅は感じていた。
自分達のステージを見に来た主に喜んでいいのか、悪いのか。
そんな疑問を捨てきれないと言った表情をしている。
そんな微妙に成立していない会話を続けていた二人の間に、美祢がやってくる。
その表情は美紅以上に不安そうな表情をしている。
本物の主なのかを確かめるような、そんな不思議な出来事を確認するかのような不安そうな表情をしている。
「あの、……先生? 前に今日来れないって……」
「だよね! あ~よかったぁ! カン違いかと思った」
そう! それだ!
美紅は美祢の言葉に、自分の記憶に確証を得た。
そう確かに言っていたのだ。
主が自分たちのお披露目ライブに来ないと。
そうなると、今度は主が怪訝な表情になる番だった。
自分の書いたかすみそう25の歌。カップリング曲だとしても、そのお披露目に来るのは自分の仕事の範疇だ。それを自分が行かないと言った?
いや、確かに自分の記憶の中にあるスケジュール帳にはライブを訪れる予定になっている。
何かが食い違っている。
だが、主は自分の記憶に間違いを見つけられない。
そうなると、間違っているのは彼女たちなのではないかと問い返すことになる。
「? 言ったっけ?」
主の言葉に、驚きながらも美祢は自分の記憶にある主の言葉を口にする。
「はい、リリープレアーのお披露目があるからって……」
「あっ! それだ! 私たちよりリリープレアーの方が大切なんだって怒ったもん」
またしても美紅は、納得の表情を見せる。
美紅の頭の中には、その時の情景が呼び起こされる。
付き合いの長い自分達を優先せずに、別のアイドルグループの予定を優先させた薄情な男に憤慨した記憶が。
「えっ……と、それ、本当?」
美紅の顔が当時の顔に近ずくと、主の記憶にもうっすらと何かが呼び起こされる。
確かにそんなことを言われた記憶があったような気がする。
いや、だがまだ確定ではない。
もしかしたら、その後でスケジュールを変えた可能性もゼロではない。
いや、変えていないと非常にマズい。
美祢はそんな主のわずかばかりの希望も奪い取ってしまう。
多分間違いないと言いながら、その場にいた三人目の証人を見つける。
「はい。えっと……あ、公ちゃん!」
「は~い。な~にママ……あれ? パパ? ……なんでいるの?」
直前まで寝ていたのか、目をこすりながら公佳が三人の前まで来ると公佳は不思議そうな表情を主へと向ける。
主の小袖をつまんだ公佳の姿。
いるはずのない主を確認するかのような、そんな公佳の行動。
そこには寂しさがあった。
その公佳の表情を見れば、主の衰えた記憶もようやく鮮明になっていく。
そう言えば、この表情見たなと。
確かに、大事なお披露目イベントを欠席すると伝えた気がする。
そして美紅に怒られ、公佳には泣かれた記憶がある。
そうなると、間違っていたのは自分だ。
お邪魔するはずの会場を間違えてしまった事実が、主を襲う。
「あ~~、マジか。ちょっと、待って」
さて、どうすればいい?
年の離れた少女たちに失態を見せつけながら、主は持てる全てを使って事態の収拾を画策し始める。
視線を落とした腕時計を確認すれば、記憶にある約束の時間まではまだ少しの猶予はある。
だが、この場所からリリープレアーのライブ会場までの距離を考えると、到底間に合う時間ではない。
遅刻と言う社会人においてそれなりの大罪を犯すことが確定した主。
主は意を決した大人の男の表情を、少女たちに見せながらポケットの中から携帯へと手を伸ばす。
そう、失うというのはこう言うことだと、未来ある若者に身をもって示す必要がある。




