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二十五話

「あ、はい。これが名刺になりますので今後ご用命があればこちらにお願いします。本日はありがとうございました」

 オーディションの審査が終了したことで主の仕事は終了した。緊張と暴走による羞恥心で、なんとも疲弊した一日を過ごした主。

「疲れたぁ~。あ~、タバコ吸いたい。……けど、面白かったな」

 独り言を残し主は都内に隠された喫煙所を求めて、街に消えるのだった。


「安ちゃんよ、なんで今すぐ引き込まないんだ?」

「今は新しいメンバーもいるし。それにね、気まぐれってやつだよ」

「ああ、そうかい」

 安本は主を自分の手元に引き入れない理由を明かすつもりはないようだ。

 本多にも聞くだけ無駄なんだろ? そう言外に付け加えて各々の仕事へと戻っていく。


 ◇ ◇ ◇


「賀來村! 慣れでステップ踏むな! お前が全員の手本なんだぞ」

「はい!」

 レッスン場で新しいメンバーと美祢はともにレッスンに励んでいた。

 基本はできているメンバーだが、新しいダンスを短時間で覚えるのに苦労している。美祢はこれれまでの経験で覚えるのに苦労はないようだが、それをものにするにはやはり時間は必要なようだ。

 加えて新しいメンバーに対して、模範であろうとする姿勢を求められる立場になったことも美祢が表情が硬い理由の一つでもあった。

 リーダーとして現役のはなみずき25のメンバーとして彼女たちを引っ張っていく。その想いは美祢の顔からまた笑顔を奪う形となる。

 休憩中、新人たちが慣れない環境に戸惑いながらも自分たちの居場所を創るためにコミュニケーションをとっている間も美祢は一人だけ鏡の前に立ち覚えたてのダンスをひたすらに踊っている。

「すごい、もうあんなに踊れるんだ」

「あれだけやっても下位メンバーって、上位の人たちどれだけ凄いんだろうね」

 美祢の必死な姿は、新しいメンバーたちに若干の恐怖を与えていた。


「あんなのアイドルのダンスじゃないじゃない」

「智里ちゃん、聞こえるって」

「聞こえてもいいじゃない、どうせ絡んでこないよ。現役メンバーさんは」

 合格したメンバーは矢作智里、上田日南子を加えた7名だが、美祢は7名全員とまともに言葉を交わしていなかった。

 それゆえに美祢はアンダーグループの中で浮いた存在となっていた。

 美祢は自分が手本となるために、限られた時間でダンスをものにしようと必死になり、新メンバーたちは美祢の姿勢は理解できているが美祢の行動についていけない自分たちを守るために、美祢が特別だと位置づける。その関係に若干の溝ができるのだった。

「でも、これでいいのかな」

「そう……だよね」

 日南子の言葉に反応したのは、新メンバーでも最年長の埼木美紅さきぎみくだった。新メンバー唯一の成人として今のこの雰囲気には納得できないでいた。

 しかし今のこの関係で、それをぶつけて決定的にこじれでもしたらと考えると、やっとかなったアイドルとしての夢が潰えるような気がして口には出せないでいた。


 そんな悶々とした雰囲気でレッスンを続けていたある日、とうとう美紅が動いた。

「先輩! ここを一緒に踊ってください!」

 元来こらえ性のある方でない人間の美紅は、レッスン場の雰囲気に耐えられなくなり一人自主練を続ける美祢に単身突撃する。

「埼木さん、……どこですか?」

 急に迫ってきた年上である埼木に気を使いながら応答する美祢。

「先輩なんだから美紅って呼んでください!」

「でも、年上じゃ……」

「駄目です。先輩なんですから!」

 埼木美紅のチャージは止まらない。美祢が閉じようとした扉を持ち前の積極性という破城槌で強引に扉を破壊していく。

「じゃあ、……美紅さん」

 真正面から見つめられながら相手の名前を呼ぶという未知の行為に、美祢の顔が朱に染まる。

「え、先輩! めちゃくちゃかわいいですね。アイドルってやっぱり違うなぁ~」

「あの、美紅さん。あなたもアイドルですよね?」

「あ、そうだった」

 そんなたわいもない話が美祢とレッスン場の雰囲気を一変させる。スタッフもどうしたものかと見守っていたが、一安心と胸をなでおろす。


 美祢と美紅の交流が始まると、次第に交流の輪は広がり全員が1日誰ともしゃべらないという日は無くなった。

 反目していると思われていた矢作智里も、なんやかんやと美祢と雑談をする姿がたびたび目撃されるようになってきた。その背景には日南子と美紅の暗躍もありグループとして良好な関係が構築されていくのだった。


 そしてアンダーグループ『はなみずき25 つぼみ』のお披露目イベントが、開催されたのは件のゴシップが流された数日後だった。

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