二百四十九話
4月も2週目に差し掛かろうとした日曜日。
この日は、はなみずき25とかすみそう25の新シングルお披露目ライブが行われていた。
シングル発表時期の違う2組だったが、美祢の映画撮影によりライブのスケジュールが調整できずに結局合同のお披露目イベントが開催されることになった。
ファンからは、『どうせ合同にするならみね吉シングル不参加の意味は?』などと言われてしまう始末。スケジュール調整に奔走したマネージャー陣の苦労など知ったことではないという意見も見られた。
ただそれも漏れ伝わった本来のフォーメーション、美祢と花菜のダブルセンターという噂がどれだけファンに求められていたかという表れでもあった。
もちろんそれだけではない。
はなみずき25とかすみそう25の合同イベントとなると、美祢のステージ移動問題が一部ファンからは不満が漏れてしまう。
はなみずき25のファンからは、本来ははなみずき25メンバーなんだからはなみずき25に集中させるべきと言われ、かすみそう25のファンからは、かすみそう25のエースなんだからかすみそう25のステージに集中させてほしいと言われてしまう。
そんなファンの意見が聞こえてしまった美祢は、申し訳なくも嬉しいという気持ちが隠せない。
ほんの2年前まで、はなみずき25に在籍はしていてもその存在を認知されているのかわからなかった日々からは考えられない声だ。
そしてその声にやはりうれしくも申し訳ない気持ちが生まれてしまう。
かすみそう25のリーダーとして認知してくれて、応援してくれるファンのみんな。
自分を押し上げてくれ、自分だけでなく一期生や二期生の活躍にも我が事のように喜んでくれている。
それなのに、自分はかすみそう25をいずれ去ることが決められている。
応援してくれているファンに、隠し事をしている現状が心苦しい。
何より、かすみそう25の賀來村美祢を好きでいてくれるファンを裏切ってしまうようで。
エースだと言ってくれるファンが、ただのメンバーになった自分を応援し続けてくれるのか? そう言う不安もある。
ファンのみんなは、許してくれるだろうか?
自分の夢の場所へと行くために、みんなの応援する場所を奪う自分を。
そしてメンバーのみんなは何と言うだろうか?
入ってきたばかりの二期生。
これから輝ていく彼女たちの邪魔にはならないだろうか?
まだまだ不安定なところも多い彼女たちのパフォーマンスの邪魔をしないだろうか?
支えると言っていた自分が、自分の夢を捨てきれないことを怒りはしないだろうか?
それに一期生のみんな。
夢をもって加入してきた彼女たち。
そんな彼女たちを、自分の夢のために輝いていない場所を歩かせた自分を恨んではいないだろうか?
本来なら、もっとステージで輝いてもいい彼女たち。
それを自分の意思を引き継がせるように、二期生のサポートを優先させていることに不満はないのだろうか?
最近の美祢はかすみそう25で活動している間、そんな考えが頭をよぎることがある。
そして何より、矢作智里を目にすると心が暗くなることが多い。
安本源次郎との密約で、美祢がかすみそう25を離れるときにメンバーの誰かもかすみそう25を離れて、はなみずき25に合流しなくてはいけない。
そしておそらくそれは、智里だろうと美祢は思う。
安定感のある歌声、センターの意を組んで表現されるダンス。
かすみそう25の中でもフロントメンバーの経験が、一番豊富で総合力が高い。
歌だけなら、ダンスだけなら。
そう言われるメンバーは他にもいる。
だが、総合力を問われれば矢作智里の右に出るものはいない。
それを証明するかのように、彼女は唯一はなみずき25のステージを経験している。
渋谷夢乃の卒業公演。そのステージで、ファンに歓迎されていないステージで智里は片時もアイドルと言う立場を崩さずパフォーマンスをやりきった。
あのステージは、美祢が見ても圧巻と言っていいだろう。
まるで初期の自分を見ているかのような、いや、それ以上のアウェーなステージ。
その場所で笑顔を崩さず、パフォーマンスでファンのペンライトをもぎ取ったのだから。
あの白く染まっていったペンライトを、美祢は忘れない。
後輩のアイドル。初対面で自分をアイドルではないと言い放った彼女。
あの言葉は正しかった。
彼女から見れば、あの頃の自分をアイドルとは呼べないのも無理はない。
彼女の中にある確固としたアイドル像から、一番離れたところにいたのだから。
そんな彼女を、またあのステージに連れていかなければならない。
鏡に映った美祢の表情が険しい。
美祢はため息を落とし、智里の姿を探した。
なんだろう。
無性に彼女に引っ付きたい気分だった。
メイク部屋にその姿が見つけられない。
メイクも途中だったが、美祢は智里の姿を探して楽屋まで戻る。
いつも通り賑やかなかすみそう25の楽屋。
そこに、いるはずのない人物の姿を見つけて、美祢は吸い寄せられるように楽屋に入っていてしまう。




