二百四十八話
かすみそう25では、往年のファンに『かすみそう25には月と太陽が二つ昇る』。そう言われる時代が確かにある。
二期生メンバーの中で、双月、双陽と呼ばれる4人のメンバー。
佐川綾、宇井江梨香、小飼悠那。
この3人は比較的早い段階からファンに発見され、美祢の抜けた後のかすみそう25というグループの中心的メンバーとなる。
だが、最後の一人。
双陽のもう一人は、発見されるまでだいぶ時間を要した。
彼女の熱心なファンには、この娘しかいないと初期から言われ続けた。だがそのほかのファンには、それはファンの贔屓目だろと言われ続けるメンバー。
その活躍は確かにあった。特殊な環境でのみ、……メンバーの欠けた時にのみ昇ってくる太陽。
そんな滅多に披露されない活躍を見たファンからは、『かすみそう25の幻日』と呼ばれるようになるダンス巧者がいる。
そのメンバーの名前は、……。
「美瑠久! そこターン早いって!」
「えぇ~ん! ごめんなさい」
「手振り! 遅れてる!」
「す、すみませぇ~ん」
「立ち位置意識して!」
「は~い」
徳久美瑠久、15歳。同じかすみそう25のメンバーの佐川綾と同級生。
彼女はダンス経験もなく、それ以外のスポーツ経験すらない。
球技に関しては壊滅的ともいえる。
体力系の企画の多いかすみそう25の番組では、その姿が電波に乗ることは少なくカットとダイジェスト担当の不遇キャラとして世に出された。
同じ運動音痴キャラでも、特徴的な動きをする馬場優華とは違う扱いだ。
走る姿だけで笑いを起こし、長い尺を確保する優華。
それに対して、それほど悪いフォームでもないのに遅い美瑠久。カットになるのは必然なのかもしれない。
そして優華はゲームに関して天才的な活躍をし、その方面での番組にもちょくちょく呼ばれて忙しいメンバーでもある。活躍する場のある優華は、特化型の人物だと認知され始めていた。
美瑠久の現状は、冠番組とラジオの担当回以外白紙だ。
もちろん、年齢的な考慮もあるにはある。
だが、それを上回る暇な時間を美瑠久は、ダンスのレッスンに充てていた。
美祢がそうしてきたように、ただひたすらレッスン場を占拠していた。
美祢と美瑠久の違いは、その上達速度と言える。
もう2年目だというのに、彼女が完璧に踊れるダンスは驚くほど少ない。
本番でも間違うことが、日常茶飯事をなりつつある。
しかし、彼女が美祢と違う決定的なところはその性格にある。
「あっ! 出来た!! 出来ましたぁっ!」
「こら美瑠久! 最後まで踊りなさいって」
「ああっ! ごめんなさい!」
「もう、しょうがないんだから。……じゃあ休憩ね」
「はぁ~い」
難所をクリアできたことに喜び、ダンスを途中で放り投げた美瑠久を叱ったコーチだったが、美瑠久が本当に喜んでいる姿をみると、ついつい甘やかしてしまう。
「あ、いたいた。ミルクぅ……勉強教えて」
「綾も来てたんだ。いいよどこ?」
「ここなんだけどさ」
レッスン場に現れた佐川綾は、周囲を驚かすような甘えた声で美瑠久にすり寄っていく。
いつもは長女らしい凛とした姿を見せる綾が、こうしてわかりやすく甘える姿を見せるのは美瑠久だけだ。
綾と美瑠久は、ともにアイドルをする前からの友人なのだ。
美瑠久がかすみそう25のオーディションに誘い、綾は仕方なく付き合う形で受けたオーディションで二人とも合格する。その時の綾の名字は三沢だった。
だが、合格後も二人の関係だけは変わっていない。
美瑠久がお姉さん役、そして綾が妹役。
その人気に開きがあっても、そこに変化は生じなかった。
「あっ! そうか! ありがとうミルク!」
「うん、どういたしまして。……あ、そのかわりにさ。綾のダンス見せて!」
「え~、……しょうがないなぁ」
まんざらでもないような表情の綾が、美瑠久の前で踊り始める。
先ほどの表情とは違い他人の目を魅了する、その表情。
まるで別人のようなその変化を、美瑠久はジッと観察し続ける。
視線の先、手の返し、指の角度。さらには体幹の使い方までつぶさに観察している。
決して魅入ってはいない、ただただ普通の観察。
「おお~~!! さすが綾!」
「もう! やめてよ」
美瑠久の拍手に照れながらも、美瑠久にベッタリの綾。
二人ともそこが自分の定位置だと言うように、離れる様子がない。
「綾ぁ~。ダンス教えて!」
「いいよ! どこ?」
「ん~……とりあえず」
「とりあえず?」
「全部かな!」
「なにそれぇ~! もう、しかたないなぁ」
二人が並んで踊りだすと、周りの空気が変わりだす。
先ほどの拙いダンスとは違い、まるで二人の綾がそこにいるかのようだ。
ただそれはあくまで空気感でそう勘違いしてしまうだけ。
技術の差は、まだまだ埋まる気配はない。
だが、その決定的な差があっても尚、美瑠久と綾を間違う者も出てくるだろう。
それほどまでに、今、この瞬間の美瑠久のダンスでの表現力は異常なまでに高い位置まで引き上げられている。
とてもいいダンスを踊れている。
美瑠久にも何か、手ごたえらしきものを感じられた。
だがそれをたまたま目にしていた人物に、思わぬ邪魔をされてしまう。
「徳久、そこはお前のパートと違う振り付けだからな」
振付師の本多は、思わず口をはさんでしまう。
綾と同じ振り付けを覚えてもらっては、正直困る。
それ以上に、何故かこのまま踊らせるのが適切ではない気がしたせいだ。
「えっ! あ、ボス! おはようございます!」
「おう、……お前は、どっちなんだろうなぁ」
「? 何がですか?」
「……いや、なんでもない」
美祢や綾のように、惹きこまれる魅力が備わっているようにも見える。
しかしそうではないような。
確実に言えるのは、その二人のように異質な何かが徳久美瑠久に備わっていることだけは疑いようのない。
安本風に言えば、彼女も奥野恵美子のかけらを持っているのだろう。
「本当に、……退屈しないな」
後どれほど面倒を見れるのかわからないが、本多の新しい楽しみが生まれたのは確かだった。
本多には2つ目の太陽の影が見えたのだから。




