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二百四十六話

「さて始まりました! 新番組『お布団の中で聞いてねラジオ』! メインパーソナリティーのアルカリ湿電池、田川たがわと……」

吉城成哉よしきせいや

「かすみそう25、小飼悠那こがいゆうなです! 宜しくお願いします」

 夜間帯の生放送。芸人コンビは余裕そうな表情のまま、台本に書かれていたあいさつをはじめる。

 しかし、小飼悠那はそうではなかった。

 かすみそう25のラジオ番組で、スペシャルウィークという期間をたまたま担当、それが意外と高評価だったこともあり、こうして自身のグループとは関係の薄い番組の担当を任せられた。

 そのことが、悠那には大きなプレッシャーとなっていた。

 自分が外でグループの名前を背負って仕事をする。

 大切な先輩たちへの評価にもつながりかねない、大事な仕事。

 そんな悠那の眼には台本に書かれている、あいさつ後のフリートークの文字だけが映っている。

 何を話したらいいのか、何日も前から寝れなくなるほど考えていた。しかし、いざブースに入ると緊張から何を話せばいいのか全て失ってしまう。

 緊張のせいか顔色の優れない悠那を見て、田川はその優し気に聞こえる声を悠那へと向ける。


「小飼ちゃんは、俺らとは初めましてだよね?」

「はい、よろしくお願いします」

 最後はマイクにも声が乗らないぐらい、頭を下げてしまう悠那を見て微笑ましいと吉城と田川が笑っている。

 そして、おそらくリスナーにもわかり切っていることをついつい質問する。

「緊張してる?」

「はい、……それはもう」

 ブースの外から悠那に向けて、マイクに入っていないからと顔を上げる様に指示が出る。

 そんな指示にたいして、まるで機械仕掛けのおもちゃように速度で頭を上げる。

 もうダメだ。

 ブース内の全員が思っていた。

 悠那はやらかした失敗で、評価が落ちたと。

 アルカリ湿電池の二人は、もう笑いに耐えられないと。

 それでも芸人の意地だと、田川は笑いをかみ殺しながら悠那の台本にはない項目を読み始める。

「だよね。先輩たちも心配してましたよ!」

「え!?」

 先輩……いったい誰が? 私を? ……心配してくれる先輩って……?

 全く心当たりのない先輩の話が始まり、プレッシャーを感じていた悠那の頭は真っ白に染まっていた。

 そんな見当もついていないと顔に出ている悠那を見て、田川は笑いながらも悠那の見当もついていない先輩たち……美祢と美紅と会った時を思い出しながら話していく。


「この前、テレビの収録でさ。『あの娘、初めてのレギュラーなんです。どうかよろしくお願いします!』って賀來村美祢ちゃんと埼木美紅ちゃんが楽屋にあいさつしに来てくれて」

「びっくりしたよな! うわぁ! 本物だぁ! っつって」

 田川の話す美祢と美紅。

 本当だろうか?

 あの二人が……何故?

 全く喋ったことはない……わけではないが、よく話すとか、仲がいいとも思っていない。

 そんなおこがましいことを想える間柄ではなかった。

 必死に先輩たちの仕事について行くだけ。それがやっとだ。

 この前の25時間水泳でも、緊張のあまり過呼吸になり割り当てられた時間を泳ぎ切ることすらできなかった。全メンバーの中で自分だけが棄権をしてしまった。

 その不足した時間を背負ってくれたのは、一期生の埼木美紅だ。

 話を聞いたはずの、リーダーの賀來村美祢も他のメンバーと棄権した自分を分け隔てなく労ってくれた。

 自分が何も貢献していないと知っているのに。

 みんながリレーしていた番組で、たまたまスペシャルウィーク。ノベルティーが豪華な放送回だったから聴取率が良かっただけで、何もできていない自分が手柄を奪ったのに。

 そんな自分を先輩たちが気にかけてくれている。

 そんなはずがないと、悠那の頭が否定する。

「えっ? 嘘ですよね!?」

 あるはずがないと、否定しているにもかかわらず悠那の心だけがもしかしたらと願っていた。

「本当本当! そんなあいさつ聞いたことないからさ。マジでビビったよ」

 そんな悠那の心を見透かしたように、吉城は悠那の求めていた言葉を口にする。

 わざわざ後輩のラジオの相方に、別の仕事で忙しいはずなのに。


 美祢だけでなく、美紅まで自分のこのラジオを気にかけてくれていた。

 それが何故だか、目頭を熱くさせる。

 もしアルカリ湿電池の二人の言葉が本当だったとしたら……。

 そんな悠那が信じられない真実が、悠那の涙を押し留める。

 編集の利かない生放送。かすみそう25のラジオでも、大人たちに散々言い聞かせられた『10秒ルール』。

 無音が10秒続いたら放送事故だと、言い聞かせられていた。

 悠那は思う。

 もし今、自分が泣きだしたら、喋ることはできないだろう。

 目の前に実力のある芸人さんがいたとしても、番組の進行の邪魔になるし、雰囲気が悪くなる。

 もし、先輩が気にかけてくれたのが本当なんだとしたら、そんな失態をしていいわけが無い。

 そんな想いが、どうにか悠那の涙をせき止めていた。


 だが、田川が懐から取り出した便箋のせいで、そんな悠那の心のダムは呆気なく決壊してしまう。

「しかも賀來村さんからは、お手紙をいただいています!!」

「え~~~!!!!」

 こともあろうか、ドッキリ嫌いで有名な美祢によって仕掛けられたサプライズの手紙。

 後輩を想い書いた手紙が、後輩の決意とは違う結末を導き出すとは美祢も思ってはいなかっただろう。

 この芸人コンビ、アルカリ湿電池の二人は計画通りと真面目な顔で手紙を読みながらも心で大成功を喜んでいたのだった。

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