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二百四十三話

 美祢に強く言われた日から、柏樹悠斗は美祢を見つけてはその後をついて回っている。

「ねぇ~! 賀來村ちゃ~ん!! お願いだから協力してよぉ~」

「共演者口説くの手伝うアイドルって、評判悪いから嫌です」

 どうにか、大熊吉夏に近付こうとしている悠斗は、美祢に協力を申し込んでいる。

 何度も何度も断っているのに、諦めることなく。

「そこをなんとかさぁ~」

 大熊吉夏に対してしつこいぐらいの執着を見せる悠斗。

 美祢には懐くだけで、あくまで吉夏一筋というのは悠斗なりの誠意。

 だが、それも度を越えている。

「吉夏ちゃんはもう友達なんでダメです」

 美祢は取り合うつもりもなく、きっぱりと断っているのに何度もこんな話をされると迷惑でしかない。

 いい加減、吉夏本人から断ってくれればいいんだが。

 そんなことを考えてしまう。

 だが、吉夏はただ逃げ回るばかりで決定的行動に出る様子もない。

 参ったなぁ。

 そんな美祢に救いが来る。


「お~~い! 原作者の先生から差し入れ貰ったぞぉ~~~~!!」

 奥津監督がスタッフに大きな声をかける。

 振り向いた美祢の眼に、主の姿が映る。

 辟易としていた状況が、一気に好転したと美祢は走り出す。

「え!? いいんですか!?」

 奥津の声に引き寄せられたのは、美祢だけではなかった。

 スタッフ一同が、監督を中心に主を取り囲む。

 主と奥津が抱えている和菓子に群がっている。

 若いスタッフの多い奥津組で、何故和菓子を差し入れに選んだのか?

 それはひとえに奥津の好みだからだ。

 それを承知しているスタッフたちは、なれたように口に運んでいく。

 遠慮しているような口ぶりも聞こえるが、その実遠慮などはしていない。

 タダで物が食べれれば、何でもいいらしい。

「おう! いいぞ、なんせ小金持ちだからな」

「持ってないし、奥津くんが得意げなのも違うと思うけどぁ」

 何故か受答えが、奥津に集中しているのを訝しむ主だが、まあそういうものかと納得するしかない。

 映画の製作現場など初めて踏み入れたのだから。

 本来、主が来るべき場所ではないが取材しておいて損はない。

 手土産と手柄を取られても、得るものはあると身銭を切ったのだ。


 スタッフたちの囲みの外で小さな少女が手を振っているのが見える。

 和菓子にあぶれたスタッフでもいたのかと、奥津に声をかけようとするが聞き慣れた声に行動を止める。

「先生! 先生!!」

 美祢だ。

 美祢が主を見つけて、手を振っている。

 残った差し入れを近くのスタッフに押し付けて、主は美祢のほうへと人をかき分けていく。

「あ、美祢ちゃん。どう、演技は?」

「めちゃくちゃ難しいです」

 言葉とは違って、その表情はいつもの柔らかい美祢の顔だ。

 よっぽど楽しい現場なんだなと、主は安堵する。

 思い悩むと演技どころではないかもしれないと思っていただけに、美祢の表情を見て安心が押し寄せる。

「そうなんだ」

「でも! 少し楽しいんです」

 こうして見ると、美祢が本当に楽しんでいるのがよくわかる。

 今回は背中の出番はなさそうだ。喜んでいいのかと思うが、少しだけ寂しさも感じてしまう。

「そう。頑張ってね」

「はい!」

 美祢の頭をかるく撫でる主。

 それを何の抵抗もなく受け入れる美祢。

 普段通りの二人の関係。

 幸いにもスタッフはまだ、差し入れに群がっていて二人に目を向けてはいない。


 だが、共演者の柏樹悠斗は見てしまっていた。

「……監督、あの男誰っすか?」

「ああ、だから原作者……あ、原案者か」

 どこの誰かを確認する悠斗に、奥津はそっけなく答える。

 悠斗の眼が少しだけ敵意を込めているのに、気が付きはしなかった。

「あいつが、例の作家っすか」

 何が気に入らないのか、悠斗本人にも理解出来ない。

 だけども、何かが気に入らない。

 知らず知らず、その口調にも敵意が載ってしまう。

「ああ、そうだ。……どう見えてるか知らんが、元ネタにはリスペクト持って演技しろよ」

 そこまでくれば、悠斗を見ていない奥津にも察知できてしまう。

 だから、せめて役者としての注意だけはする。

「っす!」

 それはわかっていると、悠斗は頷いて見せるが全部を納得できないようだ。

「……でも、マズくないっすか?」

 言わなくてもいいだろう言葉を、本能的に口にしてしまった。

「ん?」

 何のことだ? 

 奥津の問いに、どう答えたらいいのか考えた末に感覚的に応えてしまう。

「その……賀來村ちゃんとの距離っスよ」

 悠斗がその言葉を口にしたと同時に、主の手が美祢の頭から離れる。

 奥津が主の方を向いたときには、二人は向かい合って談笑しているだけだ。


 今度は賀來村美祢か、やめとけよ。

 そう呆れながら、奥津は悠斗に小言をはじめる。

「あ? ……お前と共演者の距離ほどじゃない。悠斗。もう一度言っておくが、これ以上共演者に手を出したらもう使ってやれないからな」

 この年代の役者としては、柏樹悠斗はとても優秀な役者だった。

 だが、素行の悪さは同じ業界には伝わりやすい。

 まして賀來村美祢に手を出したら、どうなることか。

 出演させるさせないの次元の話では収まらない可能性が高い。

「……わかってますよ」

 不貞腐れるような悠斗の表情に、奥津は何もわかってないと怒り出す。

「だったら! 大熊を追い回すのやめろ。向こう側からクレーム入ってるぞ」

「はぁ~! わっかりました!!」

 自覚もあることを言われては、悠斗も引き下がるしかない。

 だが、自分の中の何かが主の存在を無視できないでいた。

 あいつは危険かもしれない……と。

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