二百四十話
美祢が映画の撮影現場で、吉夏と出会い意気投合するとそこに付随する人間関係も美祢の中に組み込まれていく。
「そうなんですよ! あ、……すみません、ちょっとメイク行ってきます」
楽しそうに談笑していた吉夏が、突然何かを見つけると慌てたように去っていく。
いったい何を見つけたんだ?
美祢は気になり、吉夏の最後の視線を追ってしまう。
そこにいたのは、こちらに走ってくる一人の男性。
「きっかちゃ~~~ん!!! 待っててばぁ~~~!!! あ~、行っちゃった」
大声で吉夏の名前を呼び、誰の眼もはばかることなく駆け寄ってきたその男。
雰囲気で共演者なのはわかる。
だが、……美祢の記憶の引き出しのどこにも一致する名前が見つからない。
「ちぇっ! ……あっ! レイラさんだぁ~!」
美祢に向かって役名で話掛けるこの男の名は、柏樹悠斗。まだ十代ではあるが、舞台を中心に活躍する若手俳優だ。
彼は今回主役を演じている。
@滴主水の原作で言うところの、主本人が配役されている。
主とは違い、身長も高く端正な顔立ちをしている。そのため彼の出演する舞台は多くの女性客で埋め尽くされて大変盛況だ。
そんな彼もステップアップをもくろみ、映画出演を快諾した。
だが、彼の行動はスタッフにより厳しく監視されている。
なぜなら……彼は共演者に手を出すのを何とも思っていないのだから。
美祢の了承も得ることなく、美祢のとなりの席に座り気安く話しかける柏樹。
きれいな笑顔だか、美祢には苦手な人だという第一印象が植え付けられてしまう。
「レイラさん! ライブシーン見たよ! 凄いね!! こんなに小さいのにあんなにダイナミックに動けるなんて、本当にすごいなぁ~!!」
「あ、ありがとうございます。……あの、私は賀來村ですけど」
そう、共演者なのにもかかわらず彼は美祢の名前を呼ばず役名呼びを続けている。
もう仕方なく、自分で訂正してしまう美祢。
なるほど、吉夏が逃げるはずだ。
吉夏は役に入っている時以外は、大人しくどちらかと言えば寡黙と言える。
そんな吉夏のパーソナルスペースに、この調子で侵入しようとする柏樹を苦手としているんだろう。
予測が容易な関係性を見抜くと、美祢はそれなりに大きなため息を落とす。
失礼だとは思うが、失礼さなら同格だろうと。
「ああ! ごめんごめん! 役名で覚えちゃったから、賀來村さんね」
「はぁ……」
しかし柏樹はそんなことはお構いなしに、美祢への距離を縮めようとしてくる。
「あの時何考えて演じてたの?」
「何って……」
そんなことより、近くないですかね?
そう美祢の顔には出してしまうが、お構いなしの柏樹。
「是非教えてもらいたいなぁ! そうだ! 今日撮影終わったら食事でもどう!?」
そしてこともあろうに、食事へと誘うのだ。
吉夏の様子を見れば、吉夏も誘ったことがあるのは明白。
その流れでなんで行くと思うんだろうかと、頭痛が美祢を襲う。
あいまいな態度は禁物だと、冷ややかな視線に切り替えてきっぱりと断りを入れる。
「いえ、結構です」
「うんうん! じゃあ、中華でいいかな? 美味しいお店知ってるんだ!」
完全なる拒絶のはずだが、何故か快諾したかのように話を進められてしまう。
え? この人の耳ついてるよね?
もう完全に美祢の心の扉は閉じられてしまう。
「あの! ですから、結構です!」
「え~!! 行こうようぉ」
柏樹は拗ねた様子を隠そうともせず、尚も食い下がろうとする。
もう自分だけじゃ聞くことすら無いだろうと、美祢は大人の介入を示唆する。
「……マネージャーさんが行っていいって言うか確認してもいいですか?」
これ以上しつこくするなら、怖い怖い松田さんに登場してもらいますよ! そう言っているのだが、柏樹は理解した様子を見せない。
「仕事の後なんだから大丈夫だって!」
仕事の後だから嫌なんですけどね?
わかりませんか?
「あの、未成年なので許可が必要なんです」
「大丈夫大丈夫! 俺も未成年だし!!」
ダメに決まってるでしょ!? 撮影何時まであると思ってるんですか?
そう語外で言ってみるが、一向に引き下がる様子が無い。
またしても美祢の口からため息が漏れる。
「あの……話聞かないのはモテない典型なんで止めた方がいいですよ?」
「なっ!!!」
もう一切のオブラートを排除して、柏樹が傷つくかなどどうでもよくなってしまう。
ある年代までの男子に『モテなさそう』は、どんな状況でもクリティカルになり得るので人間関係を形成するのに不適切なことを理解している美祢。
それでもあえて、美祢は口にする。
もうこれっきりにして欲しいと願いながら。
「吉夏さんも避けてるのわかってますよね?」
「ぐっ!!」
狙ってる女子に避けられてるという事実は、男子には死刑宣告と同じなので軽々しく口にしていいわけが無い。だが、美祢はそれを口にしてしまう。
「誰でも彼でも誘うのは余裕なさそうに見えるんでやめた方がいいですよ」
必死過ぎて引いてます。
そう言い残して美祢は、柏樹の元から立ち去っていく。
だが、美祢は知らなかった。
はっきりモノを言ってくれる女子に懐いてしまう男子が一定数いることを。
撮影現場で奇妙な人間関係に巻き込まれた美祢の受難はもう少しだけ続くのだった。




