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二百三十九話

「新しい作詞家さんですか?」

 何かの予感が働いた美祢は、その大熊吉夏をセンターに選んだ人物に引っかかりを感じる。

 この世に作詞家はたくさんいる。

「はい! まあ、御本人は作詞家なんておこがましいっておっしゃるんですけどね」

「へー……」

 謙遜の仕方も似ている気がする。

 美祢の脳裏に浮かぶ人物も、自分を作詞家とは言わない。

 本業ではないからと。

 この世に数多いる作詞家の中で、自分は作詞家ではないという作詞家はどれほどいるのだろうか?

 まさか、そんなことは無いだろう。

 リリープレアーには水城晴海がいる。

 思い当たる人物ならば、そのグループに簡単には近付かないはず。

 しかし安本源次郎から仕事を振ってもらっているなんて話も聞いていた。

 その中の一つが、もしかしたら……。

「その先生ってなんていう方なんですか?」

 美祢はあり得ない、あってほしくはないと思いながらその作詞家の名前を。


「えっと……『四代目主水之介』先生っていう方です」

 そんな話はあった。

 やっぱり、やっぱり!!

 そんなこと一言も聞いてない!

 え!? ちょっと待って。

 水城さんって先生のこと好きだって言ってたよね?

 先生も知ってたよね?

 何も聞いてないんだけど!?

 それよりも、さっき大熊さんなんて言った?

 脳裏に浮かんでいた人物と、吉夏の話していた人物が同じだとわかると美祢の心はさらに荒れる。

 吉夏は確かに言ったのだ。

 @滴主水こと四代目主水之介が、佐川主が大熊吉夏を推していると。

 自分でも花菜でもない、まして水城晴海でもないアイドルを推している!?

 由々しき事態が生じた。

 美祢はさらなる追求のために、努めて冷静に言葉を探す。


「そ、その先生が、大熊さんを……推してるんですか?」

「私みたいな、何の特徴もないアイドルを、何でですかね?」

 否定しなかった。

 自分が推されていることを、一切否定しない。

 それは主本人の口から聞いたからか?

 美祢は思わず、吉夏のつま先から頭までを舐めるように見てしまう。

「……」

 確かに、吉夏は主が好きそうな女の子だ。

 いや、明確に好みのタイプを聞いたわけではないが、……たぶん好きなタイプだろう。

 目の前のアイドルが、別の意味で強力なライバルの顔に見える。

「……あっ!! 違います違います!! 推しってそういう意味じゃなくって!! 推挙って意味です、もちろん!!」

 険しい表情の美祢を見て、吉夏は慌てて否定する。

 アイドル業界の用語ではなく、元々の意味なんだと。

 憧れの先輩アイドルにあらぬ誤解を受けそうになり、その顔は必死に否定し始める。

「あっ! あ~!! そっちですよね!?」

 だよね? そうだよね!? 大丈夫、知ってた!

 美祢の表情は多分ごまかせてはいない。

 だが一応の納得は得られたと、吉夏も一安心という表情を見せる。

 そして自分の先輩と件の作詞家の様子を思い出し、絶対ありえないんだと弁明を込めてしゃべりだす。


「はい、それに……」

「それに?」

 吉夏が想う根拠。

 それは……。

「きっと四代目先生は、水城さんのことが好きなんだと思います」

「えっっっ!!!!?」

 美祢は思わず大きな声を出してしまう。

 ライブシーンの撮影でも出さないほどの大きな声を。

 嘘だ! 絶対に嘘だ!

 そんなことあり得ない。

 ……あり得ない……よね?

 もし吉夏の言葉に嘘が無いとしたら?

 美祢の頭の中に、あり得ない可能性が生まれる。

 同じペンネームを使っている別人の可能性。

 そしてリリープレアーのウリを考えれば、決定的な間違いがあるんじゃないかという可能性。

「すっごく! 仲がいいんですよね。ハルさん、あ、水城さんもあの人の前では乙女で」

 いや、やっぱりそんなことあり得るわけないのか?

 ただ! 極々うすい可能性を求めて、美祢は吉夏に更なる質問を繰り出す。


「あの……確認なんですけど、その先生って男性の方……ですよね?」

「あ、はい。すっごく年上の方で私には親戚のオジさんみたいって感じなんですけど、水城さんにはまるで恋人みたいに自然な感じで」

 やっぱり! やっぱり佐川主じゃないか!!

 美祢は動揺を隠しきれなくなってしまう。

 先生が、あの主が、水城晴海と恋人みたいにふるまっている!?

 自分には、未だによそよそしいのに!

 あんなに自分がアプローチしても躱していた先生が!?

 水城晴海をあんなに警戒していたはずなのに!?

「へ、へぇ~~。あ、そんな感じ、なんですねぇ~」

 改めて大熊吉夏を見る美祢。

 もしかしたら、アイドル用語として推しは間違っていないのかもしれない。

 だとすると、自分と大熊吉夏、水城晴海との違いは何だろう?

 まさか、……身長!?

 先生の好みは、高身長女子!?

「はい、だからソロ曲に集中させようって意味もあるみたいで」

「えぇ~」

 向こうの運営にも警戒されるほどの仲の良さということかのかと、美祢は落胆さえも隠せないでいた。

 

 そんな美祢の様子はお構いなしの大熊吉夏は、意を決して美祢に声をかけた本題を切り出す。

「あ、あのっ! もしよかったら……連絡先交換してください!!」

「ん? あっ! 是非是非! 私も色々と聞きたいこともあるんで」

 一瞬、大熊吉夏の言葉の意味が理解できなかった美祢だったが、その言葉の意味を理解して光明を見出す。

 吉夏からリリープレアーと仕事している主の情報を聞きだす。

 そんなことを考え始める。

 念願の美祢の連絡先をゲットした吉夏は、天にも昇るような面持ちでスキップして去っていく。

 そんな吉夏の背中を見送りながら、ふつふつとしたものを胸に留めていた美祢から声が漏れる。

「もう!! 主さんめぇ~!!!」

 美祢の怒りは確実に主へと向かうだろう。

 誤解の解けるその瞬間まで。

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