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二百三十八話

「あ、あの……賀來村さん」

 ライブシーンを撮り終えた美祢に声がかかる。

 声のトーンからスタッフではないことだけがわかる。

 どこか自信なさげな、どちらかというとか細い役者に不向きな声量だ。

 だが、この現場では出演者よりもスタッフの声のほうが大きい。

 それは、奥津組で働いているという自信の表れ。

 だから、こんなにか弱く話しかけてくる女性がスタッフではないと証明していた。

 振り向いた美祢の眼に映ったのは、自分と同い年くらいの女の子。

 美祢はその顔を知っていた。

 ベテランが多いこの現場で、唯一と言っていい同年代の女性共演者。

 その共演者の名前を美祢は、記憶の引き出しから探り当てる。

「はい……えっと、大熊さん。どうかしましたか?」

「え!? 名前知ってもらえてるんですか!?」

 自分の名前を呼んでくれた美祢に、紅潮した顔を見せる。

 そして自分の顔を手で覆って、身もだえている。


 こんな人だったのかと、少しだけ驚いてしまう美祢だったが、どうにか平静を取り戻し自分の知る情報も引き出しから取り上げる。

「あ、はい。大熊吉夏おおくまきっかさんでしたよね? リリープレアーの三期生の」

 大熊吉夏。昨年加入し、アイドルカーニバルでお披露目された、リリープレアーの新人アイドルだ。

 同じリリープレアーの水城晴海と比べれば、頭一つぐらい小さい吉夏だが、美祢と並べばそうではない。明かに美祢より背が高い。

 その上、その腰の位置。美祢もうらやむくらいの等身を作り出している。

 美祢も決してスタイルが悪いわけではないが、吉夏と並んでしまうと身長差でどうしても見劣りする。

 そんな美祢にはない高性能な武器を持っている吉夏だが、背中を丸めてどこか自信なさげな表情のせいで、外から見た二人の関係は美祢のほうが上に見えてしまう。

 美祢は想う。

 なんてもったいないんだと。

 この長い手足があれば、ダンスが映えるだろうに。

 昨年のアイドルカーニバルで見かけた吉夏は、縮こまったダンスしか踊れていなかったことも思い出していた。


「はい! ……うれしい。ずっと好きだったんです、賀來村さんのこと。さっきのシーンも最高でした!!」

 そして美祢に見せている言動は、同業者のアイドルではなくファンのそれである。

 つくづくもったいないと思う美祢だった。

 そしてそんな吉夏を見た美祢は、思わずファンへの対応が出てしまいそうになるのを抑えながら吉夏への対応をする。

「え~! そんなうれしいな。あ、大熊さん新曲センターですよね?」

「え~~!! チェックしてくれてるんですか!!」

 認知してもらっている。

 そのことがよっぽど嬉しいのか、口元を抑えて今にも泣きそうな目を美祢へと向ける。

 その眼を見ると、少しだけ申し訳ないと美祢は想う。

 美祢が知っている大熊吉夏の情報は、これでほぼ出そろった。

 これ以上の情報は何もないと言っていい。

 新曲の名前も吉夏の横に並ぶメンバーのことさえ知りはしない。

 今の美祢のスケジュールは、ライバルたちをチェックしている余裕すらないのだから。

「はい、加入して1年目で水城さんからセンター奪った注目の新人ですよね」

 だが、これは確実だ。

 未だにリリープレアーのエース、水城晴海を押しのけてセンターに立ったという事実は確か。

 しかも一年目でだ。

 美祢はにこやかに対応するが、その実強力なライバルの出現に焦りを感じてもいた。


「あ、違うんです。水城さんはソロ曲貰ったんでバランス考えて……らしいので」

 しかし、その強力なライバルの眼には自信という光が欠けているのだった。

 実力でセンターになったのではない。

 そう言った吉夏に自分に似たような境遇でセンターに立ったのかと、美祢の中に同情心が芽生える。

 つぼみ時代、後輩を率いることを強要され、実力の伴わないセンターだと自分を責めた時もあった。

 だが、それを嘆いても意味がないことも同じ時期に学んだ。

「それでもセンター、ですよね」

 センターに立つということは、その曲の間は自分がグループの顔になるということだ。

 当然メディアへの露出も増える。

 だから、どうしたらより良いパフォーマンスになるのか、ファンへどう届けるのかを思案する。

 その思考錯誤が、曲への理解度を深め自信へとつながる。

 きっとそんな経験をする大熊吉夏は、瞬く間に羽ばたいていくのだろう。

 高尾花菜という前例があるのだから。

 美祢は想う。

 このアイドルもきっとそうなるに違いない。

 警戒するべきアイドルの一人なんだと。


 だが、当の本人はそうは思っていないようだ。

「……はい、光栄なことに。新しい作詞の先生に、一番イメージが合うって推してもらえて」

「新しい作詞家さんですか?」

 自分の実力以外の決定だと言ってしまう。

 そんな吉夏は自分に似ているのかもしれないと、少しだけ警戒を緩くしてしまうのだった。

 それにしても、イメージ先行の作詞か。

 美祢の脳裏に、浮かんでくる人物がいた。

 そして彼女、大熊吉夏所属するリリープレアーというアイドルグループ。

 何かを感じずにはいられない美祢がいた。

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