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二百三十七話

「すっ……ごい……あっ!」

 思わず声を出していた真希。それに気が付くと真希は慌てて自分の口をふさぐ。

 自分の声が入ったせいで、NGにでもなったら申し訳ない。

 いや、申し訳ないより、もったいないの方が勝っている。

 これを公開できないなんてことがあっていいわけが無い。

 そう思わせる光景が、真希の目のまえで行われていた。

 美祢の本職であるアイドルらしいライブシーン。少しだけ狭い会場に敷き詰められたエキストラ。

 盛り上がっているシーンの撮影だから、この熱狂は当然。

 そう、当然なはず。

 だけど、……これって演技なの?

 真希の思考に、そんな言葉が落ちてくる。

 まるで本当のアイドルとファンのやり取りかのような、コール&レスポンス。

 会場の熱気までカメラは取れるのだろうかと心配になるほど。

 美祢のライブシーンは異様だ。


 ベテランの真希ですら魅入ってしまうステージ。

 それは名だたる共演者たちも同じだった。

 まるで本当のライブ、しかも最推しのライブに参加しているようなそんな高揚感さえカメラの前で見せている者もいる。

 これは間違いのない名作になるに違いない。

 そう制作陣の手ごたえを感じる演技を美祢が見せている。

 だが、その美祢の動きが止まる。

 音楽もなり続けているのに、美祢だけが止まっている。

「ご、ごめんなさい!!」

 マイクを包み込むように手を合わせて謝る美祢。

 誰もが何が起きていおるのかを理解出来ずにたたずんでしまう。

「カメラ、こっちでしたよね」

 わずかにズレてしまった目線を気にして、演技を止めてしまったのだ。

 先ほどの熱狂もあり、美祢の判断に落胆の声が漏れてしまう。

 そんな些細なこと気にしないで、演技を続けるべきだった。

 そんな表情が共演者たちの顔に浮かんでしまう。

 こんなシーンをそうそう撮れるわけが無い。

 制作陣の頭の中には、どうにかさっきのシーンを繋げることができないかと思索が巡っている。

「じゃあ、イントロから流して」

 落胆している空気の中、監督だけが完全な撮り直しを視野に動き始める。

 

「うっ……そ」

 撮り直しが始まれば、最初こそ熱狂とは程遠い演技だったエキストラたち。

 だが、次第に先ほどの熱狂が帰ってくる。

 美祢のパフォーマンスも先ほど以上に洗練されている。

 いや、洗練されているというのは正しいのか、とにかく迫力は先程の比ではない。

 惹きこまれ、逃れられないその引力に誰も抗うことができない。

 その引力の源泉。美祢の笑顔からは誰も。

 真希も例外ではなかった。

 熱狂するまでは至らないが、知らず知らず口が空いたまま締まる様子が無い。

 まるで一瞬を切り取られた彫刻の様に、ただ美祢の姿をその瞳に映すだけだ。

「よしよしよし」

 ただ一人、監督だけがその様子を画面越しに確認しながら小さくガッツポーズをしていた。


 美祢がゆっくりとマイクを外すと、会場はまだ熱狂の渦の中。

 全員が次の曲を待ち望んでいる。

「カット!!」

 突如監督の声が響く。

 その声でようやく現実へと帰ってくる。

 そうだった。

 これはお芝居の中の出来事。

 自分達はエキストラだったと。

 そう思い出せば、ステージ上の美祢を見る目に恐怖に似た何かが宿ってしまう。

「あ~、賀來村さん。とってもいいんだけどさ、この『小松崎こまつざきレイラ』ってアイドルは圧倒するパフォーマンスの中にも愛されな所作……ん~、アザトい表情とかでガチ恋を作るアイドルなんだよね。カッコよさを求める人もいるだろうけど、今は主人公から見た『小松崎レイナ』だから」

 恐怖の視線は監督にまで向けられる。

 あのパフォーマンスを見てダメ出しをするなど、まともな感性を持ち合わせていない。

 大衆作品を作っているのにも関わらず、大衆心理がわからない監督という歪さ。

「アザトさ……わかりました! もう一度お願いします!」

 そう、真希が懸念していた時間の問題。

 それは美祢とこの監督の使う言語が同じだということだ。

 監督の妥協しないダメ出しに、美祢は苦も無くついて行く。


 おかしいんだ。だって賀來村美祢は初の映画出演なんだぞ!?

 画面外に待機している俳優たちは、恐れおののくしかない。

 何度も撮り直すことで、美祢が見せる表情はブラッシュアップされていく。

 監督の指示は確かに、美祢の役作り、そして演技に力を与えていく。

 美祢の纏う空気は、いつしか新人アイドルの纏うモノとは変わっていた。

 それを目の当たりにした全員が緊張感を思い出す。

 演技初心者の美祢にここまで求められるということは、演技を生業にしている自分達にはそれ以上を求められているということだ。

 監督がここまで、この作品に力を入れるとは思ってもいなかったと、認識を改める。

 この場面が共演者の心に強く刻まれたのを確認すると、監督はあっさりとOKを出してしまう。

 長く制作を共にした奥津菊男おおつきくお率いる奥津組の全員、俳優陣もスタッフも気を引き締めて映画製作へとのめり込んでいくのだった。

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