二百三十五話
「あ、はい。大丈夫そうですか? はい、すみません。お願いします!」
映画『君はそのままで』の撮影現場で、美祢は時間の空くたびにかすみそう25の現場にいるマネージャーに連絡を取り、メンバーの様子を確認する。
カメラの回っている前では、それほど奇抜な行動をとることも少なくなったが、それまでの待機時間ではしゃぎすぎたり、機嫌が著しく変化するメンバーの多いかすみそう25。
ヒット祈願企画の内容までは聞かされていないが、変にから回っていないか心配でたまらない。
マネージャーの話では、それほど問題なく収録が始まったらしいので美祢もようやく一安心といった表情を浮かべる。
そんな美祢に近付いて来る人影があった。
「賀來村さん、お電話ですか?」
「はい……って、なんでカメラが?」
美祢が振り向くと、そこには小さなカメラを抱えた撮影スタッフの姿がある。
知らないスタッフにいきなりカメラを向けられるのに慣れていない美祢は、少し警戒をしてしまう。
もしかしたら、この映画の話すら大規模なドッキリなんではないかと。
だが、集められた俳優たちは、美祢も知る一流どころも多い。
さすがに大規模すぎると、ドッキリ説を否定するがこういう行動をとられると気が休まらない。
美祢が警戒しているとは思ってはいないであろうスタッフは、にこやかな表情のままカメラを回し始めた理由を教えてくる。
「はい、監督と演出で急きょ会議してるみたいで。空き時間もったいないんで、広報用のメイキング映像です」
「あ、はい」
ああ、そういえばそんな映像をどこかで見たことがあった気がすると、美祢は納得した様子を見せる。
しかし、納得すると今度は映画は本当に本当なんだと、ひりつくような緊張感を感じてしまう。
思わず笑顔が引きつりそうになってしまうが、ここにいる自分はアイドルなんだと言い聞かせる。
「どうですか? 初めての映画の現場は?」
「あ、えっと。……緊張してます」
一瞬だけ答えを考えた美祢は、あきらめたように本心からの感想を口にする。
「役柄は、同じアイドルですけどどうですか?」
「あ~、同じアイドルですけど、私はグループのメンバーが一緒なんで。そうですね、となりに誰もいないのが不安ですね」
そう、他からみればただの人数の話でしかない。
だが、美祢からすれば大問題だ。
ただでさえ、今まさにメンバーがいないことで、不安で仕方がないというのに。
これを抱えたままで、よくぞアイドルとしていられるものだと感心してしまう。
美祢自身には、到底出来そうもない。
主的にいえば、美祢の孤独への耐性は著しく低いと言わざるを得ない。
しかし美祢は、それでいいとも想う。
誰も支えることも出来ず、誰にも支えてもらえないアイドルとしての自分が、ビジョンが浮かばないから。
きっと、自分の奥底にいる自分も同じ意見なんだと想えるから。
スタッフも初出演のアイドル相手に、探り探りといった様子だ。
情報しか入っていない、人となりがわからないアイドル相手に、相手も緊張しているみたいだ。
そして思い出したように、先程の美祢の行動に眼を向ける。
「メンバーさんとは仲がいいんですか?」
「はい! そうですね」
この質問は大得意だと、美祢は即答する。
最近は聞かれることも少なくなったが、かすみそう25結成当時は数々の雑誌インタビューで答えた質問。
答えのパターンも25以上用意している。
しかしスタッフの続けた質問は、初めてのものだった。
「さっきの電話はもしかして?」
「あっ! いえ、これは……向こうの現場にいるマネージャーさんに」
あ~、失敗した。
思わずとっさに答えてしまったことを悔やむ。
仲が良いなら、直接連絡しないのか? そう聞かれたらどうしよう。
そんな考えが頭に浮かぶと、バツの悪さを感じてしまうほど。
「様子をうかがっていた?」
こうも言い当てられてしまっては、隠すほうが難しい。
うつむいてしまいそうになる顔をどうにか支えてカメラを見る。
映画の広報とは、自分を売り込む、ひいては、かすみそう25やはなみずき25を売り込むチャンスでもある。
新曲のプロモーション活動や制作活動を欠席するしかなかった美祢にとって、今やこの映画の評価はとても重要な位置付けになった。
この映画で自分に注目が集まれば集まるほど、自分の所属するグループの評価につながるかもしれないという期待だ。
せめてそれぐらいはやってみせないと、苦労を押し付けている仲間たちに申し訳が無い。
だから、美祢はここから意識をよりアイドルへと振り切って受答えをしていく。
「はい。……冠番組でプロモーション活動するんで、どうかなぁって」
かすかに声色を高くして、小首なんかも微かにかしげてみたりして。
意識すればするほど羞恥心が押し寄せてくる。
滅多にやらないぶりっ子は、少しだけスタッフの小首も曲げてしまう。
もうダメだ。そんなリアクションをされては続ける事なんてできない。
はなみずき25にもかすみそう25にも、ぶりっ子系のキャラクターが少ないことがより自分の中の違和感を強めてしまうのだろう。そんな風に自虐的自己分析でもしないと顔を覆ってしまうそうになる美祢だった。
余談ではあるが、この時の広報映像は美祢のアイドル人生でも貴重なぶりっ子シーンとして長く長くファンの間で語り継がれるのだった。
ファン曰く、「慣れないぶりっ子を一人の仕事の時に放り込むクソ度胸」と「それなのに結局恥ずかしがって顔を紅くするのがたまらなくカワイイ」、加えて「そんなことをやるような質問でもないというのも秀逸さを増している」らしい。
そんな内容のメールが大量にラジオ番組に届くのは、もうしばらく先の出来事。




