二百三十四話
「コラ待て! 有理香!」
「なんで、私まで! 待ちなさい!」
痛みにうずくまっていた美紅とまみ。その痛みから復帰すると、自分に降りかかった痛みに納得がいかないと有理香を追い立てる。
有理香は最初、二期生の陰に隠れるそぶりを見せたが、思い留まったのか佐奈と公佳のところへ急ぎ足で逃げる。
同年代の同期の背中に隠れながらも、有理香は悪びれる素振りすら見せはしない。
「ちょっと! 有理香!」
「美紅さん! やめましょうってば!」
「佐奈! 仲間でしょ!」
有理香をかばう佐奈にも、声を荒げてしまう美紅。
頭に血が上っていたとしても良くない行動だ。
「二人ともやめて」
いつもとは違う、公佳の熱を感じない声がまみの耳に届く。
公佳の視線が痛い。
一瞬で冷静になったまみは、脚を一歩後退させて距離を取る。
知らずに公佳の言葉に従った。だが、美紅はそれでも止まらなかった。
公佳の言葉なんて耳には届く様子すら見せない。
「有理、がっ!」
公佳は美紅の背中に飛び乗り、美紅が暴れるのも構わず体重をかけ始める。
本来公佳の体重を支えられるはずの美紅の体が、徐々に沈んでいく。
「重い! 公佳、重いって!!」
「……」
美紅の抗議をまるで聞くつもりが無いと、無言のまま公佳はそれでも体重を美紅の背中に乗せ続ける。
その表情は、誰も見たことのない公佳だ。
二期生だけでなく、年少メンバー以外の一期生も引いている。
「わかった! わかったから! 聞きます! 話聞きますから!!」
とうとう美紅が音を上げた。
遠間にいるスタッフには、メンバーがじゃれ合っているように見えるかもしれない。
だがその場の空気も重く、どうやったら公佳が止まるのかすら見当がついていなかった。
「本当! やめってってば! ごめんなさい!!」
「ん。しょうがないなぁ」
美紅が謝ったところで、ようやく公佳は美紅の背中から降りる。
そして今度はまみの番だと、公佳はまみに飛びつく準備を始める。
「あっ! ご、ゴメン!! 美紅もみんなも本当にごめん!!」
「うん」
危機を察知したまみは、即座に全員に頭を下げる。
それを視た公佳は、有理香を抱き締める方へとシフトする。
「たださ……ヒッ!」
公佳が離れたところで、美紅がやはり納得がいかないと言った表情を見せる。
ピクリと公佳が反応を見せると、それに怯えながらも主張はつづける。
「ゆ、有理香? 訳を教えて。なんでしっぺされたの? 私」
「そ、そうだよ! 美紅だけならまだしも、なんで私まで!」
美紅の主張に便乗するまみは、公佳の視線から逃げる様に美紅の背中に隠れながら声を上げる。
「もう、しょうがないなぁ。ユリちゃん、なんで?」
「ん? ……あのね」
「うんうん、なるほど」
有理香が公佳の耳に口を寄せて、何かを話し始める。
公佳はそれを頷きながら聞き続ける。
「あのね、二人ともママのためって言いながら全然ママの言葉覚えてないって」
「美祢の……言葉」
何のことだ?
美紅もまみも、公佳の発した有理香の言葉に思い当たるモノが無い。
美祢の言葉を忘れているわけが無い。だから、何を言われているのか、見当もついていない。
美紅とまみの表情に、公佳と有理香は深いため息を落とす。
二人は頷き合って、同じ言葉を口にする。
「笑顔は魔法!!」
その言葉を耳にして、美紅とまみはお互いの顔を見合う。
出来ていない。
この場所に来てから、全然笑っていない。
今日は最後に笑ったのは?
何とか記憶を呼び起こそうと、視線を動かせば二期生達の顔が映る。
彼女たちの顔もまた、笑ってはいなかった。
心配そうな、困ったような顔が並んでいる。
そして美紅は想う。
自分はなんて思いあがっていたのかと。
後輩にこんな顔をさせてしまう自分が、美祢と共に彼女たちを背負えるなんて。
二期生が加入した後、美祢は事あるごとに円陣を組んでいる。
ライブの前だけではない。
歌番組の前、ダンスを披露する前、カメラのある前では必ず円陣を行っていた。
無理やりにでも口角を上げる、あの円陣を。
プレッシャーをかけるだけでなく、笑顔を忘れないように言い聞かせて本番に向かう。
それが美祢のやり方だ。
それにどれだけ助けられてきたのかを、なぜ忘れてしまっていたんだろう。
美祢を支えるつもりでいた自分が、どれほど未熟なのかを思い知らされる。
それはまみも同じ想いだった。
取りまとめ役なんて言いながら、こんな大事な言葉を忘れていたなんて。
あの時、お披露目ライブで聞いた、大切な言葉。
美紅とまみは、改めてメンバーに頭を下げる。
「本当にごめん、みんな」
「美祢がいなくて一番不安だったの、私たちだったみたい。ごめんなさい」
先輩たちが勝手に熱くなって、勝手に納得して、勝手に謝りだす。
後輩としてはなんて迷惑な先輩なんだと思うことだろう。
美紅もまみも、自分の至らなさを痛感してしまう。
「まったく~、年長組がこれじゃ年少組は大変ですよ」
今の今まで静観していた日南子が、まるで自分の手柄かのように胸を張る。
副リーダーとして働かなくてはいけない状況でも、彼女は変わることは無い。
そういう意味では、適任なのかもしれない。
しかし、誰もが日南子の手柄ではないのは知っている。
「きゃっ!! チーちゃんヒドイ!!」
智里から無言のツッコミを受けて、日南子は抗議の声を上げる。
「いいから、ほら! 円陣!」
智里は日南子の抗議を聞かず、円陣を促すのだった。




