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二百三十話

 美祢は走っていた。

 今日は珍しく学校終わりにレッスン場ではなく、日曜にとあるイベント会場の廊下を。

「賀來村、お疲れ」

 控室に入る美祢を迎えたのは、最近かすみそう25の運営スタッフ専属になった男だ。

「あ、兵藤さん、おはようございます!」

 美祢は良く知っている顔だが、他のメンバーは緊張しているようだ。

 彼は、つい最近まではなみずき25の運営で立木の部下だった。

 直接言葉を交わしたメンバーは少なく、少々厳つい顔のせいで苦手としている者も多い。

 そして兵藤が立ち上がると、その緊張はより大きくなり伝播していく。

 この男、身長が大きすぎるのだ。

 その圧迫感に、座っているにもかかわらず後ろに避けてしまうメンバーがいるくらいだ。


 兵藤がメンバーを見渡し、その口を開く。

「これで全員そろったな。まずは改めておはようございます!」

「おはようございます!!」

 兵藤が丁寧なお辞儀をすると、それまで座っていたメンバーは恐縮したように立ち上がり頭を下げる。

 美祢が立って聞く様子を見せると、他のメンバーも座り直すこともできずにうろたえている。

 兵藤の美祢を見る目が、さらに厳めしくなる。美祢はそんな兵藤の視線を受けながらも吹き出す様に笑っている。

 ため息を一つ落として、兵藤はメンバーに座る様にうながすジェスチャーを送る。

 それにも戸惑うメンバーに、美祢はようやく座って話を聞くようにメンバーに視線を送る。


「はい、じゃあ今日の日程と注意事項をお伝えします。今日のイベントは皆ご存じの通り久々の握手会です。ファンのみんなさんと直接言葉を交わせる貴重な時間です。時間は限られてます! ファン一人は2分! それを意識して新規のファン獲得を頑張ってください」

 ただ真面目に話しているだけなのに、何故か所属アイドルに怖がられてしまう自分の顔を恨みつつ兵藤。

 兵藤は改めて、何のために開催されているイベントなのかを説明していく。

 このイベントは、はなみずき25でもかすみそう25でも人気のイベント『握手会』だ。

 ファンが直接アイドルを目にできる貴重なイベント。なおかつ直接言葉を交わし、触れ合える。

 ファンがそんな機会を得られるのは、全国ツアー中の一部会場で開かれる握手会と、今日のような新曲披露のライブの後だけ。

 学生ファンの多いはなみずき25とかすみそう25のファンには、決して安くはない金額で追加のチケットを購入しなくてはいけない。

 それでも憧れのアイドルと直接話せる、触れ合えるというのはそれをモノともしない衝動となる。

 チケットはライブのチケットを含めて即日完売。

 それだけではなくライブは鑑賞できないが、握手会のみ参加できるチケットすら完売している。

 握手会での対応は、即ファンの変動に直結する。

 新規のファンが固定されるか否かは、この握手会にかかってる解いても過言ではない。

 それを意識させるように、兵藤ははっきりとした口調で伝える。

「はい!」

 メンバーも聞き慣れたその言葉の意味をもう一度刻み込むように返事を返す。


 兵藤はメンバーの顔を見渡し、どの程度理解できているかを確認する。

 大丈夫、さすがは安本源次郎のアイドル達だ。

 ファンの大切さをよく理解している。

 そう納得して、話を進めていく。

 そして今日必ず伝えなくてはいけない事項に目を向けると、一息ついてここは重要なんだと強調する。

「はい。それと先月の放送で、賀來村のはなみずき25の新曲不参加がファンのみなさんに伝わっています! 皆知っている通り映画出演に伴ってなんですが、こちらの映画出演の話はファンのみなさんは当然知りません。情報解禁まで絶対に情報を漏らしていけません! 特に私たち出演者側から漏れることはご法度です! なので、ファンのみなさんに何を聞かれても『わかりません』! もしくは『まだ言えません』! という返答を確実に守ってください!」

「はい!」

 美祢の映画出演という情報だけは、例え大切なファンに対しても口外してはいけないと念を押す。

 じゃないと、大変なことになるんだと。

 とても口にできない厳正な罰が降りかかるんだと、その眼は言っている。

 それも理解していると兵藤もわかってはいるが、最後に付けたして注意をうながす。

はなみずき25(むこう)のファンも多数流れてくることが予測できますので、発言には十分気を付けて! 皆で楽しい握手会にしましょう!!」

「はい!!!」


 笑顔で返事を返すメンバーに、一安心をして最後の注意を伝える。

「よ~し! じゃあ衣装は事前に発注した分届いてるから、順番に取りに行って! 新しく持ち込んだ衣装は開始前までに私か、運営スタッフに確認しに来て! いいか? 運営だからね。イベントのスタッフさんじゃないから間違えないように!」

「は~い!」

 ようやく終わった。

 いや、これから始まるんだった。

 慣れない仕事だが、立木が兼任できないポディションを任されたんだ。

 自分の厳つい顔を恨めしくも思うが、無事重要な任務を終えられて兵藤の顔もほころぶ。

「はい。それじゃまずはライブ成功させましょう!!」

「おー!!」

 兵藤の挙げた手に、メンバーが同調して手を挙げる。

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