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二十三話

「なんで自分はここにいるんでしょうか?」

 主は訳もわからず、はなみずきのアンダーグループのオーディション会場、しかも審査員席に座ってとなりに居る安本に疑問を投げ掛ける。

「それはほら、君がキャラクター審査をするからに決まってるだろ?」

「なぜキャラクター? なんで自分なんですか?」

「はなみずきにあれだけ関わっておいて、はい、さようならは薄情でしょ? ねえ?」


 安本は主の反対側にいる白髪を後ろで束ねた男に同意を得ようと問いかける。

「あんちゃん、こいつの気まぐれにいちいち理由求めてたら、キリがねぇぞ。あきらめて流されとけ」

 振り付け師の本多忠生(ほんだただお)は、自分も諦めてるからと主に言い聞かせる。

「ま、またお仕事回してあげるから、今日のところは。ね?」

「可哀想に、早いとこ生業にケリつけときな。もう手遅れだから」

 なんでこうなった。主は頭を抱えてことの始まりを思い出す。



 時を遡り、2週間前。主は苦境を乗り切りやっとの思いで2巻の原稿を佐藤のもとへ届けに編集部を訪れた。

 約束の4日を1日越えているが、時間の分だけ納得のいく出来だと自負していた。

「先生、遅い上に多いですよ? なんページの本を出すつもりですか?」

 当初の予定を大きく越えて、元の2巻の分量の倍を提出する主。

「いや~、なんかキャラクターが……暴れて暴れて」

 書き始めたら止まらないと満面の笑みを浮かべる主。

 対する佐藤の顔は苦悶の表情だ。

「はあ、わかりました。チェックしときますので。……あ、先生。2週間後の土曜日って空いてますか?」

「夜勤明けの次の日なので、休みですけど?」

「ご予定は?」

「特に……無いですね」

「なら、丁度よかった。その日にお仕事の依頼が来てるんです。先生のスケジュール管理とアポイントはこちらの業務から外れてますので、ちゃんと先方に自分の連絡先伝えてくださいね」

 依頼の日時が書かれたメモを受け取り、困惑している主は佐藤に問いかける。

「なんの仕事ですか?」

「行けばわかりますよ。内容は直接言うよう言っておきましたんで」

「はあ、……?」


 そうして訪れたイベント会場で何故か芸能界のフィクサーの隣に座っている主であった。

(うん、何にもわからないことが解った) 

 それにしてもと思う。アイドルのオーディションでキャラクターとは? 仮に自分が居ることに意味があったとするなら、自分の判断で少女たちの人生を左右させてしまうと考えると主は頭に重さを感じてしまう。

 重さの中に美祢の姿が浮かぶ。喫茶店で出会った年相応な姿。はじめてアイドルとして会ったあの眩しさ。屋上で思い悩む可憐さ。インタビューの時の悔しさを圧し殺しながらメンバーの良さを必死に伝えようとする健気さを。

 自分の判断で彼女の人生にも影響を与えてしまうかもしれないと思えば思うほど、なんで自分なんだと隣の何も考えていないかのように談笑している悪魔のような男を恨まずにはいられなかった。


「あの、主水先生。今日はありがとうございます」

 自分にかけられた声に勢い良く反応してしまう。

「結び……賀來村さん、お、お久しぶりです」

 美祢が会場にいるとは微塵も思ってなかった主は、少しだけ声を上ずらせてしまうが、なんとか挨拶はできた。

「あの、本当に自分が審査なんかしていいんですか?」

 主は恐る恐る美祢に問いかける。

「大丈夫です。先生だけじゃなく安本先生に本多先生もいますから」

「こら、賀來村! 俺を先生なんて呼ぶな! 俺のことは……」

「すみませんでした、ボス」

「よし!」


 主は驚いたように美祢を見る。本多は確かに怒ってはいなかった。だが、主の中の美祢の印象は、大人の男の大きな声に萎縮してしまうはずだった。しかし美祢は萎縮などせずに相手の言葉の意味を理解して先回りして見せた。

 主の頭の中に男子3日会わざれば刮目してみよという言葉が浮かぶ。

「女の子も同じなんだな」

「先生? 何か?」

「いやいや、何でも無いです。審査精一杯やらせてもらいますね」

「お願いします」

 美祢は深々と頭を下げて、走り去っていく。


「アイドルって面白いだろ?」

 安本がまるで子供のような目で、主を見ている。

 いつの間にか頭の重さを感じなくなっていた。さっきまで悪魔のような印象だった男が、学生服を着た中学生のような顔で美祢の後ろ姿を見送っている。

「凄いキャラクターだったんですね。彼女」

「そりゃ僕が見いだしたアイドルだからね。彼女の原石の研磨に手を貸してくれよ。君は僕の知らない彼女を知っているんだろ? 賀來村を主人公のあの小説の続編を書くとして、周りをどんなキャラクターで固めれば賀來村が成長して高尾花菜と対等にやりあえるか、そんな視点で見てくれ」

 いつの間にか安本の表情は、芸能界のフィクサーに戻っていた。そして主が見るべき視点を定める。

「やれるだけやってみます」

 運命のオーディションが幕が上がる。

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