二百二十五話
「……ってことで『四代目主水之介』先生にも参加いただくことになりました!」
MV撮影当日、逃げ切れなかった主はかすみそう25のメンバーの前に連れ出されていた。
今回は作家@滴主水ではなく、作詞家『四代目主水之介』としてだ。
見知った顔のいる前で作詞家とは名乗れず、作詞担当だと紹介があるとクスクスと笑い声が聞こえる。
おもに一期生の中から。
「わ~~~!!」
主がそちらをじっとりとした目で見ると、慌てたように賑やかしの声が聞こえる。
なんでこうなったと嘆いてはみるが、それを口に出すことはできない。
なぜなら主の後ろには、大作詞家でもある安本源次郎が寒空の中たたずんでいるからだ。
「はい、急きょ、何故か、松田さんに連れてこられた作詞してます、『四代目主水之介』です。……宜しくお願いします」
状況的には納得できはしたものの、心はまだ完全には納得できていない。
主にとって、生みの苦しみを感じた新作。
それの制作にようやく取り掛かろうとしたのに、別の仕事によって予定を大幅に遅らせる結果となってしまう。
一刻も早くキーボードの前に立ちたいというのに。
「え~先生には、エキストラとしてもご登場いただきますので、よろしくお願いします」
「……はい?」
主の耳に何やら不穏な言葉が聞こえてきた。
ここにきて、またしても聞き覚えのない仕事が増えるのか? 主は思わず聞き返す。
「はい」
主の言葉を肯定ととらえた助監督は、自分の説明は終わったと主から目を離しメンバーへの説明を開始しようとしていた。
「いえいえいえ、聞いてませんけど?」
慌てて助監督を止めて、事の経緯の説明を求める。
エキストラ? 出演? いつどうしてそんな話になったのか?
主の頭には疑問符しか浮かんでいない。
「あれ? そうでしたか? けどまあ、そういうことで」
呼び止められるとは思っていなかった助監督。さも、もう話は通ってるからといった雰囲気を滲ませる。
だが、さすがの主も見逃しはしなかった。
この助監督。主が呼び止めると明かな動揺を一瞬だが見せたのだ。
そんな様子を収める様に、カメラが主と助監督の方を向き始める。
主はもしかしてと思い、周囲を見渡す。
良く知ったスタッフが数名、撮影班に交じっている。
かすみそう25の冠番組の『かすみそうの花束を』のスタッフがいる。
もしかして、またやられたか?
主はドッキリを疑い、助監督をカメラから隠す様にして問い詰める。
「ちょっと! どういうことですか!?」
小声だが、明らかに語尾の強い主の言葉に観念したように助監督が説明を始める。
「まま、ちょっとだけですって。本当に少しだけ、裏で笑いたいって……松田さんが」
主を説得するような雰囲気のまま、助監督は本当のことを話しは出す。
今回のことは番組も関係なく、ましてや安本の意向でもない。
マネージャーの松田の仕業なんだと、暴露する。
「松田さん!!!???」
なんでだ!?
そこまで不興を買うようなことはしていない。
八つ当たりなら、もうこの場に自分が来ていることで済んでいるはずだと主は驚きを隠せない。
「いいじゃないですか。私にも今回の撮影でオモシロが欲しかったんで」
驚いている主の背後にいた松田は、まったく微塵も悪びれる様子もなく言ってのける。
自分にも楽しみが必要だと。
それはわかる。
必要なことだとも思う。
だが、どうして自分がそれを提供しなくてはいけないんだと、主言いたかったのだが思うように口が動いてくれなかった。
驚きのせいか? それとも怒りのせいか? はたまた寒さのせいか? 主自身にもわからなかった。
「良いじゃないですか。みんなもいい裏話ができたって喜んでますから」
「みんなも!?」
そう言って、松田はメンバーの方を指さす。
そこには申し訳なさそうな顔をしているメンバーがいた。
正確には大半は申し訳なさそうにしていたが、一部メンバーは明かに面白がっていた。
特に面白がっている美紅は、公佳に何やら耳打ちをしている。
「パパ~! がんばって!」
「くっっ!」
公佳の本心からの応援。
本当に頑張ってほしいと思っている公佳は、本当の笑顔と全身を使って主を応援している。
一瞬素直に応えたくなるが、そうもいかない。
公佳の横で美紅がいやらしい笑顔で、主を見ているからだ。
そんな美紅を見ると、素直に応えた後のほうが厄介だと思わせる。
まったく何とも悪辣な手法を取ってくると、主は内心で美紅を罵倒していた。
しかし公佳の屈託のない笑顔のお陰で、その怒りも悔しさも飲み込むしかない。
公佳にようやく応えた主は、いったいどういう表情をしていたのか?
公佳の声に何とか手を振ってこたえると、数名は笑い声をかみ殺していた。
ただ二人だけ、美紅と松田マネージャーだけは一切悪びれる様子もなく大きな笑い声をあげていた。
「@滴くんは、本当に人気者だねぇ」
そんな様子を少し離れた場所から、安本源次郎は穏やかに見守っているのだった。




