表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

223/405

二百二十三話

 美祢が室内に戻ると、綾が心配そうに顔を出す。

「美祢さん、あの人と……兄と何話してたんですか?」

 一部始終を覗いていた綾だが、何食わぬ顔を装い質問をする。

 大好きな兄と、尊敬する先輩の美祢。

 二人が接近すると、何故だか綾の心がザワついてしまう。

「んー、写真好きなのか? とかかな」

 さっきの主との会話を思い出しながら、綾の質問に答える。

 特に何もなかったと、自分に言い聞かせるように。その手に持つ携帯を何となく隠すように動かしながら。


 美祢があんな笑顔を見せる相手を綾は知らない。

 兄だけに見せる笑顔に、少しだけ嫉妬をしている自分に気が付きモヤモヤを吐き出すように、普段ならするはずもない質問を口にしてしまう。

「美祢さん、美祢さんは兄のこと……どう思ってるんですか?」

 二人が仲が良いのは、知っている。

 二人の方が、付き合いが長いのも知っている。

 しかし綾はどうしても、二人が近づくことに何かを感じずにはいられなかった。

 

 思いがけない綾の質問。

「どうって?」

 美祢は動揺を見せないように、綾に意味を問いただす。どうか顔が紅くなっていないようにと願いながら。

「最近、兄のコートから美祢さんの匂いが感じるんです。あれって」

 兄のコートを嗅いでいる妹という、それなりにヤバい行動を自白した綾だったが、動揺している美祢は気が付く余裕がなかった。

 たびたび主のコートに潜り込んでは、弱音をこぼしているという事実を後輩に知られる危険を隠すために必死に言い訳を探す。

 自分が主に甘えていることを知られてはいけない。

 何より、自分が彼を好きだと絶対に知られるわけにはいかない。

 目の前にいる後輩は、綾は、彼の身内なのだから。

 知られてしまえば、いつか必ず、絶対に本人に伝わってしまう!

 そんな恥ずかしい状況は、絶ッッッッ対に避けないといけない!!


「あー、アレはね。練習に付き合ってもらってるんだ」

「練習……、ですか?」

「うん、演技のね」

 綾も美祢に映画の話があるのを知っている。

 それが兄の関係する仕事なのだとも。

 ならば、そうなのかもしれない。

 自分が思っているようなことは、ないのかもしれない。

 綾は自分の中で、どうにか落とし所を見つけた気がした。


 綾が納得できた顔を見せているとき、美祢は自分の言葉を恥じていた。

 自分がようやく納得出来た、不本意な仕事。

 初めは泣きわめいてまで拒否しようとした仕事なのに。

 それを言い訳にしてしまう罪悪感。

 しかもそれは、全くの嘘なのだから。

 加えて言えば原案としてではあるが、主が関わっている仕事だ。

 こんな言い訳に使っていいはずがなかった。

だがしかし、もう口から出てしまった言葉は変えることができない。

 せめて、それが嘘だと綾に気が付かれないようにするしかなかった。


「さ、もう寝よう?」

 美祢はそれとなく寒いと仕草で綾に伝えると、綾の背中を押しながら用意された寝具へと急ぐ。

 美祢からの要請で、新しい主のスケジュールが決まったのは、この日から数日たってからだった。


 ◇ ◇ ◇


 美祢が佐川家に泊まった翌日。

 動画サイトにかすみそう25の新曲が投稿された。

 新曲のカップリング曲『それでも、君に……』の練習風景の様子を収めたダンス動画だ。

 ライティングもない、衣装も統一されていないレッスン着。アイドルの要素が大きく削がれた動画ではあったが、ファンにすれば普段見ることのできないお宝映像だ。

 先日のフォーメーション発表で表題曲のセンターとなった二人。美祢と美紅が感情的にダンスするところから始まるその曲。

 滅多に見れない美祢の全開のダンスから始まるそのシーンに、視聴者の眼は奪われる。

 ファンでは無い人は想うだろう。美祢のとなりにいる美紅とのダンススキルの差がありすぎると。頑張ってはいるがそれを補うほどではないと。

 だが、かすみそう25のファンは感心していた。

 二つのグループに属していて経験年数もステージの経験値も違う美祢、そんな先輩によくここまで喰らい付いていると。

 そこには確かに美紅の努力の跡が読み取れていた。


 そうしてイントロが終わると、美祢と二期生の宇井江梨香との歌唱パートが始まる。

 二人とも踊りながら歌っているにもかかわらず、マイク乗りの良い声で見事に歌っている。

 しばらく経つと、曲が盛り上がりサビに入っていく。

 そこからセンタ―二人の色が変わっていく。

 美祢はサビに入ると、それまでよりも感情的に踊りだす。その表情や指先にまで感情を乗せている。

 江梨香は逆に、歌声に力が乗っていく。

 感情を吐露するかのような歌声。もっとあなたのとなりに居たいんだと、まるで心から想っているかのようなその歌声で歌の世界観を表現していた。

 同じ曲なのに、二人が世界観を表現するために取った手段が違う為、登場人物二人のすれ違いがより顕著に表現されていた。

 想い合う二人の儚げな表情まで、そこにはあった。


 いったい何度目の衝撃だろうか?

 このグループに、人はいったいどれほど驚かされてきただろう。

 美祢を見せるためのグループだと、認識している人も多いはずのかすみそう25。

 だが、前作は美祢の様にダンスで魅せる佐川綾がいた。そして今作は歌声で魅せる宇井江梨香がいる。

 明かな練習風景でも、これほどの衝撃を与えてくれるかすみそう25。

 もしかしたら、まだ隠された魅力あるメンバーがいるのかもしれない。そんな期待感さえ感じる楽曲が投稿された。

 その完成された音源は、ライブパフォーマンスはいったいどれほどなのか? そんな期待がコメント欄にはあふれていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ