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二百二十一話

 主は美紅から送り込まれていた嫌疑が不十分に偏ったのを察知すると、まみの席へと視線を誘導しながら美紅の意識を別の物へと誘う。

「それより! 乾杯! でしょ?」

 全部埋まった席。

 空腹に染まったまみの顔。

 そして、目の前に並んだ料理に視線を動かしながらも緊張を隠せていない後輩たち。

 そうだ。今は自分の感情よりも重要なことがある。

「そうだった! そんなことよりみんなグラス持ってぇ~!! 乾杯は……先生よろしく!」

 みんなへ開演の準備を促し、重要な役割を主へと振る。

 いつも通りの美紅の行動。

 安心に一息つきながらも主は、振られた役割に戸惑う。

「えぇ!? 僕が音頭とるの? 苦手なんだよな。……えぇっと」

 用意もしていない乾杯の音頭。

 滅多に参加しなかった新年会のあいさつとは、いったいどんなモノだったかと記憶の引き出しをいくつも開け閉めする主。

 そんな思った通りの反応をする主をしり目に、美紅は声を張り上げる。

「乾~杯~!!」

「かんぱ~い!!」

 主の言葉を待ちきれない子供たちは、美紅のいたずらに便乗してグラスを打ち鳴らす。

 主にとってはいつも通り、いつも通りな空間に安心しながらグラスを空中で鳴らす。


 そんな主を見て、美祢が申し訳なさそうにグラスを向けてくる。

「先生、ごめんなさい。本当に美紅ったら」

「ああ、気にしないで。なんて言うか……慣れた」

「本当にごめんなさい!」

 頭を下げるために、掲げていたグラスを下ろす美祢。

 主はそれを制して、美祢のグラスに自分のグラスを当てる。

 カランと二つのグラスが音を立てる。

「大丈夫、正直ありがたいから」

「ありがたい?」

「うん、美紅さんがちょっかいかけてくれたからさ、公佳ちゃん達とも仲良くなれたしね」

「そうですね、適いませんね。美紅には」

 主の言葉に自分も思い当たる所がある美祢は、同意を示す。

 かすみそう25の前身、はなみずき25つぼみと呼ばれていたころから、美祢は美紅に感謝していた。

 自分との距離を誰よりも早く詰めてきてくれ、自分のいない時間にメンバーのメンタルを保つことに終始してくれていた。

 つぼみ時代の合宿でも、主との積極的なコミュニケーションでメンバーとの垣根を外してくれた。


 美祢は想う。

 自分が彼女に、そしてこのグループに出来たことはあるのかと。

 安本にグループから離れることを決められている自分が、残りの時間で彼女たちにできることはあるだろうかと。

 美祢の視線が美紅へと向かう。

 ノンアルコールだというのに、誰よりもはしゃいでいる友の顔に。

「……あのさ、美祢ちゃん。今日この後時間ある?」

「え? この後……ですか?」

「うん、……この後」

「あ、あの! 今日ってお店、21時までの予約ですよ?」

「うん、その後。ダメかな?」

 主の顔が紅くなっている。

 意を決したような、視線のまま。ジッと前を向いている。

「は、はい。いえ! ……今日は門限……緩くするって、立木さんも……言ってました」

 なんでそんな真剣な顔をしているの? 先生のこんな顔、初めて見る。

 も、もしかして!

 美祢の鼓動が速くなっていく。

 そして美祢の顔も紅く染まっていく。


 ◇ ◇ ◇


 新年会終わり、夜が深くなっていく時間に、美祢は主の車の助手席に座っていた。

 主の車からは、タバコの香りがしてこない。

 印象とは違う、そんな助手席に。

「ご両親は、なんて?」

「あ、あの、友達の家に泊まるからって言ったら、特に何も」

「そう、ゴメンね。いきなり」

「いいえ! 大丈夫です!!」

 美祢は緊張した様子で主の声に反応を返していた。

 両親に外泊の許可をもらう時、少しだけ罪悪感を感じてしまった。

 これから自分は、自分の好きな人の家に泊まるのだ。

「兄さん! 私は聞いてないですけど!?」

 ただし、実家なのだが。

 そう嘘はついていない。佐川綾という後輩の家に泊まるのだから。


「ゴメンね、本当に。玲ちゃんがさ、美祢ちゃんと会いたいって言うもんだからさ」

「兄さんも玲に甘いんだから!」

「いや、泊まってもらえっていうのは、母さんの提案だよ? 後で綾にも言うって言うからさ」

「聞いてません! だいたいそんなことなら、行きにも言えたんじゃないですか?」

 綾が執拗に主を責めている。

 まるで本当に兄妹のようだ。

 そんなやり取りに、美祢の顔から緊張が取れていく。

「綾ちゃん、私は本当に大丈夫だから」

「美祢さんは、兄さんに甘いです! 当日に誘うなんて非常識です! もっと怒っていいんですよ!?」

 綾に責められる主の表情は、とても緩くなっている。

 多分、こんな風な会話でも主にとってはうれしいんだろう。

 この人がこんな顔をするなんて知らなかった。

 それに綾が、こんなに言葉数が多いのも見たことが無い。

 きっと家族にしか見せない姿なのだろう。

 良く知っている人のいつもと違う姿。それは何故か自分にも心許してくれているようで、美祢の顔にも自然と笑みが浮かんでしまう。

「綾ちゃん、もっとお話しできるね」

 美祢が後ろを振り向きながら言うと、綾は少し顔を紅くして黙ってしまうのだった。


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