二百二十話
「あ! 先生~!!」
「美紅さん。お招きありがとう」
会場に入ると、美紅がいつも以上のハイテンションで二人を出迎える。
美紅に応えた主を脇に置いて、美紅は綾を抱き締めながらその髪の毛を撫でまわす。
綾の髪のセットが崩れるのもお構いなしに。
「綾! よく逃がさず連れてきた! 偉いでしゅねぇ~!! よしよしよし!!」
「ちょっ! 美紅さん! 痛い、痛いです!! ……もう酔ってるんですか?」
最近の美紅は、綾を赤ちゃんの様に撫でますのが日課になっていた。
それは兄の主の近くにいることが多いため、そんな綾ごと主をイジリまくる美紅だから出来上がった構図だ。
そしてその日課に慣れてしまえば、無理やりにでもはねのけることは可能だ。
美紅もそれを期待している。
二期生の中でも特異な綾。そんな綾も自分たちの仲間なんだと、周囲に知らしめるためにはこういった画面外の出来事も重要なのだ。
しかし綾は、そんな美紅の狙いとは違いされるがまま。
わからない先輩の心遣いよりも姉の様に接してくれる現状のほうが嬉しく、口では文句を言うものの体は美紅に任せている。
それは丁寧に整えた髪型が、会場到着5分で崩れても気にならないくらいにうれしい。
「今日は小さい娘もいるから、ノンアルコールの会だよぉ~! よしよしよし!!」
「むぅ~!!」
そんなうれしい先輩との絡み。
ただ外野から見れば、少しだけ行き過ぎていると感じてしまうほど、美紅の攻勢は激しい。
「美紅さん。綾さ、出かけに1時間かけて髪やって来たんだ。ほどほどにしてあげて?」
「えっっ!? ご、ごめん」
主は美紅の攻勢を止めるべく、声をかけることを選んだ。
その行動は、本来であれば兄のやさしさだと賞賛されるべき行動だ。
綾と兄妹になる前には、発揮しなかった親愛の情から来る賞賛される行動を自然にとれるまでに成長できたのだ。
齢37にして成長できる主を見る人が見たら褒めるのだろう。
「あっ……いえ、大丈夫です」
美紅の謝罪に逆に恐縮してしまう綾。
そして自分は喜んで受け入れていることに気が付かない、鈍感な兄に向かって厳しい視線を向ける。
先輩からの容赦ない絡み。
それは自分が受け入れられている何よりの証拠。
新しい母も自分に対して遠慮をしない性格だからこそ、自分がやっと子供に戻れたのだと安心できた。
それに似た感情を美紅から無意識で受け取っている綾にとって、主が行ったのは『余計なお世話』に該当する。
「えっ!? なんで睨まれんの!?」
主は良かれと想い、正しい行動をとった。
そこに間違いはない。
ただし、それを受け取る側を考慮しなければいけない事までは主は察することができなかった。
妹に睨まれてしまい美紅のそばから離れてすぐ、ある男の姿をみつける。
はなみずき25とかすみそう25両方のグループで陣頭指揮を執る安本源次郎の右腕。
立木を見つける。
しかしいつもとは違い、その顔に覇気がない。
「あ、……先生。今年も宜しくお願いします」
「立木さん! 宜しくお願い致します。……年始で結構飲みましたか?」
やや青白い顔で表情の優れない立木。
余計な一言とは思いながらも、主はついつい心配する声をかけてしまう。
「いえ……そんなことは」
「なんか元気ないような気がして。……じゃあ、気のせいですね」
主の言葉に少しだけ身を震わせ、それでも自分は大丈夫だと言う立木を過剰に気にしてしまう。
看護師時代の癖が抜けないと反省しながら、自分に目の前に人物は大丈夫なんだと言い聞かせる。
「ええ、もしかしたら少し昨日のが残ってるのかも」
「ああ! もしかして安本先生とですか?」
「ま、まあ、そんなところです」
安本の名前を出した途端、立木が若干ながら顔を伏せたような気がした。
しかしあの安本が同席する酒宴なら、旨いだけの酒なはずが無いだろうと主は納得する。
自分がその立場なら。
あまりに怖い想像をしてしまい、頭を振って想像をなんとか追い出す。
主が立木にねぎらいの言葉をかけようと言葉を選んでいると、腕を引かれる感触で振り返る。
そこにいたのは、もう待ちきれないと空腹を隠そうともしないまみだった。
「先生~? 早く席ついて! 乾杯できないから!」
「あ、うん! 僕の席は……」
まみは空腹になると、だんだんと語尾がきつくなる。
それを思い出した主は、注目していた立木から意識を切り離して大人しくまみに従う。
そしてまみの言葉がこれ以上きつくなる前に、まみの前から逃げ出す様に自分の座るべき席を探す。
「ここ! ここ!!」
「美紅さんの隣かぁ」
美紅が自分を誘導する。自分のとなりの席へと。
美紅の隣の席という、この会の間中いじられるのが確定した残念な気持ちを胸に席に歩いていく。
「あ、美祢ちゃんも隣?」
だが、その席は美祢のとなりの席でもあった。
新年になってはじめて顔を合わせる美祢は、どこかいつもと違う。
じろじろと見るのがぶしつけとは思いつつも、主の眼は美祢に固定されてしまう。
「あ、先生。……明けましておめでとうございます」
主の眼が自分に向けられている。
美祢は少しだけ照れながらも最初の目標であった、新年のあいさつをどうにか済ませることに成功した。
いつもとは違う、新年会だからこその自分の装い。
それに気が付いてくれたかのように、主の視線が自分に止まっている。
狙い通りの結果にご満悦の美祢だったが、そこに意識を集中させてしまうといつものようにはふるまえないでいた。
「……うん。明けましておめでとうございます」
主もいつもとは違う美祢に目を奪われ、いつも通りの振舞いを模索する羽目に陥っていた。
なんとか挨拶を返すことには成功したが、その意識は美祢の姿に奪われたままだ。
どうする? なんと声をかければいい? 顔は紅くなってないか?
そんなことに主の思考は使われていたのだ。
「なんか、二人……今日よそよそしくない?」
そんな二人の違和感にいち早く気が付いたのは美紅だ。
この二人は間違っても大きな間違いはないという信頼はあるが、美紅はその違和感をぶつけずにはいられない。
彼女の辞書には絶対という言葉は無い。
自分がこの場にいることが、アイドルになれたという事実が彼女の絶対を崩している。
だからこそ嫌疑の視線を二人へと送ってしまう。
「そんなことないって!」
「そうそう!」
「そうかなぁ?」
やけに息の合った否定。
それもいつも通りと言えば、いつも通り。
この二人の夫婦漫才的な息の合い方は、いつもの印象と変わらない。
なら、自分の感じている違和感は間違っているのかもしれない。
美紅はそう想うことにした。




