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二百十九話

 街からも正月気分が抜けてきたある日、主と綾の二人は肩を並べて歩いていた。

 仲良く並ぶ二人の姿は世間一般の兄妹に比べれば、兄妹仲は良好に見えるだろう。いや、世間一般的に見れば、二人を兄妹と見る者の方が少ないだろう。

 良くて親子、悪ければ事案だ。実際少なくなったとはいえ、今日も職質を済ませている。

 そんな二人の仲もだんだんと自然なものになってきているのかもしれない。

「兄さん、なんで断らなかったんですか! ……あんなことあったのに」

 いや、最近の綾は主に対する当たりはキツい。

 なぜかといえば、年末の忘年会終わりの夜。主が家族にも言えない時間を過ごしたことの詳細を未だに妹に話していないからだ。

 そしてその相手が、自分の先輩にあたるアイドル、賀來村美祢ではないかという疑惑を一切払しょくできていない兄に怒りすら覚えていた。

 日が経つにつれて、綾の中では限りなくクロに近いものとなっていた。


 主はもう会場となる店が見えているにも関わらず、未だに新年会の参加を咎める妹に呆れながらも反論を試みる。

「だから、何もなかったって! そんなこと言って綾だって、美紅さんに僕の引率断らなかったじゃん」

 そんな綾の追及に辟易しながらも、主は主で父親から命令されている綾の警護を続けている。

 あの娘バカになった父親の圧力に負けて護衛のために参加をすることを決めた側面もあるため、どうしても口うるさい妹から目を離すことができない。

 しかし当の本人である綾は、美紅に言われたために仕方なくといった顔で兄のとなりを歩いている。

「美紅さんは先輩ですよ!? 断れると思ってるんですか!?」

 綾は綾で、先輩メンバーである美紅の言葉を無視することはできない。

 不本意ながらこうして一緒に会場へ向かってはいるが、本当のところは前回の間違いが露呈するかもしれないこの集まりに、参加してほしくはないと言うのが本心だ。

 本当なら大人の主に断ってもらいたかったというのに。

「だったら僕に文句言うのは違うんじゃない?」

「それは……」

「僕だって仕事関係で波風立てたくないから、断れないのわかってるじゃん。断ると後が怖いし」

 主にも綾にもこの新年会を断ることのできない理由がある。

 それは綾なりにわかってはいる。

 わかってはいるが、なんで自分がこうも口うるさく言っているのかわかってもらえずついつい言葉が荒れてしまう。

 自分という存在を救ってくれた家族を守りたいのだ。

 小さいながらに家族を守りたいというそんな願いをわかってもらえずに、守りたい相手に対して苛立ちをぶつけてしまっているのだ。


「兄さんは、美紅さんっていうか……一期生さんみんなに弱いですよね!」

 綾は拗ねたような表情で、主に向かって日ごろから思っている言葉を相手を見ないで投げつけてしまう。

 主は綾がそんな風に無遠慮な言葉を口にすることが、どこか嬉しく感じていた。

 そしてそんな心が表情にも口調にも出てしまうのを抑えられずに、さも当然といった風に綾への答えを口にする。

「そりゃね、結成当初からお仕事してるから」

 そう、何ものでもない頃を知っているから。

 スタッフを除けば、どんな古参ファンであっても自分より彼女たちを知っている者はいないという自負が口調にも表れてしまう。

 でもそれは、君たちと一緒なんだよ。そんな想いも一緒になっている。

 だがそんなわずかばかりの想いを受け取ることのできない綾は、さらにむくれた顔を主へと向けてしまう。

「そうですね! 娘さんもいますしね!」

 そうじゃないんだと、苦笑いを浮かべる主。

 これは今言ってもどうにもわかってもらえないかと、半ば主を呆れさせてしまう綾の妹ムーブ。

 それもこれも主自身が、あの夜。忘年会後の疑惑の一晩を説明できていれば、自身の身の潔白を証明すれば素直に受け取ってもらえる話ではあった。

 だが、言えない。

 言えない理由があったのだ。

 それを口にしてしまえば、どうしても別の決定的なことにも触れなくてはいけない。

 その出来事が自分だけではなく、彼女たちにも類が及ぶ大事件になる。

 そんな確信があったから、どうしても言えない。

 綾にも、家族にも。


 そうは想っていても綾の言葉の棘を一身に受けるのは身が持たないと、主はため息交じりに綾に応えるしかなかった。

「だからそうじゃないってば……。もう止めない? せっかくの新年会なんだしさ」

「わかりました。……あ! でも! お酒! 絶対に控えてくださいね!」

 主の表情が硬くなるのを見ると、綾はあきらめたように主に同意を示す。

 ただし! くれぐれも今日は同じようなことは起こさないで欲しいと釘を刺しながら。

「わかったって! 信用無いなぁ」

 少しぐらい自分の配慮が伝わて欲しいというわがままを言葉の端に隠しながらも、妹の言葉に同意を示す主だった。

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