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二百十六話

「なんだ! 綾が持って帰ってくれてたのか! はぁぁ、……っよかったぁ」

 無くしたかもしれない、そう思っていた妹にもらった大事なマフラー。それを妹自身に持ち帰らせたという何ともしがたい罪悪感を隠すように、主は大袈裟に喜びを全身で表現する。

 そんなわざとらしい主を見て、この後何か面白いことが起きるかもしれないと、両親は末の娘を抱えながら様子をうかがう。

 こんな両親を持って、本当に退屈だけはしなかったなと苦い顔の主。

「兄さん! 昨日は、あの後どこ行ったんですか!」


 主の顔から何か感じ取った綾は、自分の知らない空白の時間について追求を始める。

「っ! どこって……あ~、それは……その……」

 いい淀む主に、疑惑は確信に変わる。

 きっと、何かがあったに違いない。

 昨日、綾は改めて知らしめられたのだ。

 主の周りにいる、アイドルの多さを。自分と公佳で両脇を固めているにも関わらず、常に誰かが兄の周りに張り付いている。

 前々から両親から聞かされている、モテない兄というイメージが合わないとは思っていたが。

 あんなにも先輩アイドルや同期が、心を許しているとは思っていなかったのだ。


「ん? ……兄さんちょっと」

 ハッキリと潔白を証明しない兄から、何やら香ってくる。よく知っている誰かの匂いが。

 綾は兄からコートを奪い取ると、顔をコートに押し当てる。

 兄のコートからは、強烈なタバコの匂いが漂っている。しかし、それは外側だけ。

 内側からは確かに覚えのある香りがする。

「何なにナニ? 綾何してんの!」

 慌てる兄からこの香りの人物と何かあったのだと思わせた。

 誰だ? ……知っている。自分はこの匂いの人物を知っている。

 ……そう、この匂い。


「この匂い……美祢さん……? 兄さん……まさかっ!」

「違う違う違うっ! 本当に違うから!」

 妹に向けられた非難するような視線に耐えられない主は、今まで以上に大袈裟に否定して見せる。

 そんな主の打算を許さない人物が、さらにこの話をややこしくしていくのだ。

「綾、この子が繰り返して否定するときは、やましいことがある時」

 母親の勘という、あり得ない角度から来る追撃に狼狽してしまう。しかしこれ以上はと、根拠のない発言だと主は主張する。

「か、母さん!? あんたまた適当に!」

「兄さん、本当の本当はどうなんですか!?」

 だか発言を精査する妹は、母親ビイキ。いや、疑惑を深めてくれた母親の発言を採用してしまう。


 どう発言しても疑惑を払拭してくれないなら、主の取れる手段は一つしかない。

「やましいことは……な、無いさ! ああ、何にもやましいことなんて何もね!」

 そう、開き直りだ。

 自分は何もない。証明はしないが潔白なんだと開き直る。

「本当? 皆の前でも同じこと言えます?」

 神妙な表情を浮かべる綾。自分だけでなく、懇意にしているメンバーに嘘なく『何もなかった』と言えるのか? できないでしょう? 兄さん、嘘下手だし。美祢さんにも迷惑かかりますよ? と。

「言えるよ! ……っあ! 綾! だからって、メンバーのみんなに変なこと吹き込むなよ」

「っ! やましいことなんて無いならいいじゃない! やっぱり怪しい!」

 以前のことを思い出して事前に釘をさすことに成功した主だったが、そのせいで綾に余計に怪しまれることとなった。さらなる追求のために綾は物理的にも主へと詰め寄っていく。

 その姿は生粋の兄妹ではないモノの、他人としての壁などないように見える。

 そんな姿をうらやましそうに眺めている父親の視線を誰も気が付かないでいる。

「そうだそうだ! 怪しいぞ! 綾、頑張んなさい!」

 長年連れ添った伴侶さえ気が付かずに、兄妹げんかを大いに煽っている。

 ……叔母と一緒になって主に結婚を急かしていた立場など忘れて。今や娘と一緒になって主の疑惑の一晩に血をたぎらせている。


「母さんまで! クっ……綾はだんだん母さんの思い込みの激しさが似てきたね。あと叔母さんにもねっ!」

 遠回しに母親と、親族の間で羞恥として周知されている叔母が似ているという口撃を繰り出す主。

 そしてその兆候が妹の綾にも出ている。それは母さんあなたのせいだとも言い放つ。

「っはぁ! 主、あんたね。言っていいことと悪いことの判断もつかなくなったの!?」

 姉妹として祥子のせいで幾度となく痛い目を見てきた母、弥恵は主の想像よりも激高している。

 姉妹として仲が悪いわけではない、自分の息子のお見合い相手を探してもらうぐらいだから。

 だが、それとこれとは話が違う。

 姉妹だとしても、いや、姉妹だからこそ、祥子と自分が似ていると言われることに微塵も納得がいかない。例え一部分だとしてもだ。

「……祥子さんと姉妹なんだから似てて当たり前、なんだけどなぁ」

 父親の孝則たかのりは、呆れたようにため息交じりに言う。

 それがたとえ本当のことだとしても納得できない弥恵は、まるで般若の様に牙をむきながら孝則の言葉をかき消す。

「お父さんは黙ってて! 主! あんたね……あれ? 2人は?」

 そしてもう一度主への抗議をしようと振り返れば、そこにいたはずの子供たちは煙のように消えていた。

 肩透かしをくらった弥恵に、孝則は冷めたように状況を説明する。

「主が出てったら綾も後を追って行っちゃったよ……玲ちゃんもね。あ~あ、お父さんよりお兄ちゃんの方が好きなのかなぁ」

 主がいないときならこんなことないのにと、玲が抜け出ていった自分の腕を寂しそうに見つめるのだった。

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