二百十五話
ん~~~!!! なんて清々しい朝だろうか。
ベッドに視線を落とせば、男の寝顔がある。昨夜のことは、今でも鮮明に覚えている。
初めてだったが、上手く彼を誘えたはず。……酒に酔っていたせいか、想像よりも乱暴だったが。
それでも愛おしい彼とともに、夢にまで見たシチュエーションで迎える新年の朝。元日ってやっぱり晴れてるものだね。んふふ、いつもより明るく感じるのは、気分のせい? それとも時間のせい?
カーテンを開けて、ベッドにまだ横になっている彼の寝顔をよく観察する。
年の割に肌はキレイだ。まつ毛も意外なほど長い。唇は……少し乾燥してたから、後でリップを渡しておこう。
ん~!? ダメだ、まだフワフワしている。
初めて一緒に朝を迎えるシチュエーションなんて、いっっっぱい考えてたのに。寝顔が可愛すぎてなんにも考えられないや。
たぶんもう起きちゃうよね?
どーーしよ!! 朝ごはん作ってた方が印象良いかな? それともまた腕の中に戻った方がいい? あ、服! 着てた方がいいかな? それともこのまま? ん~!? わかんない!
考えに考えたけど、私は彼の朝を知らない。ううん、彼の好み自体そんなに知らない。
コーヒーならブラック。紅茶なら断然ミルクティー。意外とジャンクフード好き。
だけど朝の好みは? ごはん派? パン派? そもそも食べるの? あ、お正月だからおせちもあるかぁ。……男性の一人暮らしでおせち買うもの?
そんなことも知らなかったなんて。迂闊すぎたなぁ。
そんなことを考えながら、少し凍えた私は彼の腕の中に戻っていく。
彼のベッドに、私の匂いを染み込ませるためにもちょっとだけシーツに擦ってみたりして。
彼に顔を寄せて少しだけ、本当に少しだけ匂いを意識して呼吸をしてみる。
うん、そう、この匂い。
やっぱり好きなんだなぁ。ずっとずっとこのまま寝ていたくなっちゃう。
……それにしても、よく寝てるなぁ。
お酒の時って、いつもこんな感じなのかな? それともお休みの日は、遅くまで寝てるの?
好きだと言っても、知らないことばかり。貴方の言葉で動いていたつもりなのに、こんなにも何も知らないなんて。まるで私の知っている貴方とは別の人。
あ、……この指輪。寝るときも外さないの?
そんなに大切……なんだよね。きっと。
こんなことになった私を同じように大切にしてくれるかな? それとも距離をとられちゃうかな?
望んでたのに、こうなることを望んでたのに。いざとなったら、こんなに不安になるなんて。
……。
なんか、そんなに幸せそうに寝ていられると……なんか悔しい。こんなに貴方のことを考えてるのに。
……っえい!
「……、っがぁ!」
ふふふ。
かわいいなぁ。
◇ ◇ ◇
「ふぁぁ~。おはよう綾。じゃなかった……明けましておめでとうございます」
「あ、お義父さん。明けましておめでとうございます」
佐川家では、遅くまで起きていた父親がようやく起きてきた。もう他の面々は元日を堪能している。
「あれ? アイツ居ないのか。綾、昨日一緒じゃなかったのか?」
「……」
「あれ? 綾?」
見当たらない長兄の姿。まったくアイツはと娘に確認して見れば、何やら自分が娘の地雷を踏み抜いたことは察することができた。娘の反応に機敏な父親として正しい姿を見せる。
しかし対処方法が分からず、瞬時に母親に救いを求める視線を投げるのは、親としてどうなのか。
母親の呆れたため息が聞こえてくる。
「綾、主を逃がしちゃったんだって」
「に、逃がした?」
そうなのか? と、娘を見れば、悔しそうに頷いていた。
「まさかマフラー囮にするなんてっ!」
「……それは本当に忘れたんじゃ?」
あまりに悔しがる娘に、極々一般論を言ってみたところ泣き出してしまう。
「ハァ。そのマフラー綾と玲ちゃんからのプレゼントなんですって。……本当、親子って似るんだから」
母親の言葉を聞いて、自分がいかに失言をしたのかを理解した男は、威厳もクソもなく床に手をついて謝る。
「ん? あの子からだ。…………綾、今から来るみたいだからマフラーの件はしっかり問い詰めなさい! 言い訳の内容によってはお年玉搾り取ってあげる」
過去なにかあったのか、やけにヒートアップしている一名と、いつのことを言われているのか必死に思い出している一名が、綾の視界に居た。
「……あっ! あなた、お年玉っ!」
「ん? ……あっ! そうだった! 綾、玲ちゃんは?」
「呼んできます!」
子供にとっての一大イベントがまだだったと、一同は慌て始める。
この家の最大音源のあの娘が、こんなにも静かにしているなら拗ねているとき以外にない。
「お父さん、着替え! ちゃんとした格好しないと!」
「ああっ! 母さん、ポチ袋どこだ!?」
「こっちで見つけますから! 早く着替えなさい!」
佐川家の慌ただしい正月が、ようやく始まる。




