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二百十三話

「へぇ~、こんなこともするんだ」

 お酒の入ったレミに爪を磨かれ感心しきりの主。あまりにもその姿が最近見たドラマの冴えない客とキャバ嬢の一場面と重なって見えてしまう成人メンバー。

 成人メンバーの隠すような嘲笑、それを敏感に感じ取った妹の綾と自称娘の公佳は、恥ずかしいやら情けないやら複雑な面持ちで二人を、いや、三人を見ている。

「そうだよ、先生。女の子は大変なんだから」

「確かに大変だ」

 レミは自分の化粧ポーチを広げ、主に説明しながらも主の手をしっかりと握り締めて爪への処置を続ける。

 主の背中に背中を添わせて、レミとの会話を聞き逃すまいとつきまとう美祢の姿。

 綾と公佳は、どっちをどうすれば自分達の羞恥が無くなるのか。真剣な表情を付き合わせている。


「よし! ふ~。……あっ! 先生、少し深爪気味だから直した方がいいよ」

 まるで主の指を口にするかのような仕草で、息を吹き掛けるレミ。

 その行動に色めき立つ周囲の空気が、ようやく酒気の回ったレミの頭にも届く。そして周囲の視線を受けて、行動を変化させる。……より過激な方へと。

「ああ、看護師時代の癖でね。それにキーボード打つときに割れないか心配で」

 キーボードへの当たりが強いと認識している主は、爪の白い部分をキッチリと無くし指先のかたちに合わせて丸くヤスリをかけている。それは看護師時代からの癖と精神衛生上の理由で継続されていた。

「くせ?」

 主の話を聞いている風を装いながら、絶妙なしなを作り主との密着率をあげる。

 肝心の主が全く動じないというレミの尊厳を傷つけかけたが、周囲の反応は上々だ。特に主の背中に隠れている妹分に。

 さて、もう一人の困った妹分はどうだろうか?

 レミが花菜を探すと、なにかに警戒して自分の視線から外れようとしている。


 う~ん、あっちはまだまだ時間がかかりそうだ。

 自覚したときには、もう誰かのものなんてごまんと聞く話だというのに。

 別れたからといって、もう対戦相手が居ないから大変な恋があるのも知らないで。

 花菜、私を嫌っていたらチャンス逃しちゃうよ?

 そんな目線を送るのだった。

「うん、患者さんを爪で傷つけないように短くするのが当たり前でね。酷い人なんて巻き爪になっちゃう人もいたなぁ」

 レミの魂胆など効いていない主は、懐かしい看護師時代の思い出を思い浮かべている。

 何年も前の同僚を思い出して、少し表情をやわらげている。

「巻き爪専門のクリニックあるのに?」

「そう、優先順位が高くなっちゃうんだろうね。自分よりも」

「へ~、看護師さんて大変だね。よし、できた!」

「はぁ~、磨いただけなのに全然違う!」

「でしょう? じゃ、残りやっちゃうね」

「うん」

 懐かしい看護師時代、色々な人と出会い別れてきた。そんな懐かしい時代に想いを馳せる主は、すでにレミが手元で何をしているのかも目に入っていなかった。

 レミはレミでさっきまでの思考をどこかに置いて、作業に集中している。会話が途切れない程度の返しをしながら主の指を染め上げていく。


「はい、乾いたら終わり!」

「ちょっと! 色ついてるじゃん!」

 見ていなかった自分を差し置いて、少し非難目いた視線で抗議する主。黄色く染まった爪をどうしたものかと嘆く。

「ごめんごめん。透明の忘れてきちゃって。でも似合うよ」

 主の抗議に堂々と嘘で対抗しながら、嬉しくないとわかりきっている褒め言葉で有耶無耶にしようと試みるレミ。

「そんな訳ないでしょ! え~落ちるのこれ?」

「大丈夫大丈夫。帰る時落すから、今だけ、ね?」

 主とレミの攻防は、レミに軍配が上がったようだ。

「お園さん!!」

 レミの所業を見て、ようやく自分の出番だと主の背中から飛び出してきた美祢を見て、驚いた体で今度は姉妹のじゃれ会いが始まる。

「本当! 本当に落とすから! ほら今度は美祢もやってあげる!」

「もう!! お園さんは!」

 文句を良いながらも、抵抗しない妹。最近ようやく年相応に化粧や美容分野に興味を示し始めた。

 これも師匠のお陰だとほくそ笑みながら、妹の爪を丁寧に磨いていく。

 妹の想い人は、その様子に何故かムービーを回している。ホントこの娘は、変わった人を好きになったものだ。ああ、『この娘たちは』だった。


 レミの作業が美祢に移ったのを見るや、綾と公佳はムービーを撮っていた主の手を引いてレミから遠くの席へと運んでいく。

 小さな守護神たちは、他のメンバーが主に絡みに行こうとも左右を固めて動こうとしない。

 そのお陰か、過度に絡もうとするメンバーも憚られて常識的な絡みに止めているようだ。

「中々手強いんだね、あの娘たち」

「ん~、嫉妬だよ。きっと」

「え? そう?」

「公ちゃんも綾ちゃんも、あれで独占欲強いから」

「へ~、そうなんだ……よし! 出来たよ!!」

「えへへ、ありがとうお園さ……ん!!?」

 綾と公佳に目を奪われていた美祢が、自分の爪を見れば、その爪は黄色く染まっているではないか。

 無言で理由を問い詰める美祢に、レミはグラスを煽りながらにこやかに行ってのける。

「お揃いにしといたよ」

 酔った姉の笑顔にため息でしか返事が出来ない美祢がいた。

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