二百十二話
「みんな! 今年もお疲れ様でした!!」
年越しには数日早いその日。はなみずき25とかすみそう25の全メンバーと、運営スタッフが集まり人数だけは大規模な忘年会が行われていた。
人数的にはどこかの会場を貸し切って行われてもおかしくはないが、新年初の週刊誌の紙面を狙う記者やライターが街に蔓延っているため事務所の大会議室で行われている。
そこに集められた豪華なケータリングや酒類を見れば、会場の貸し切りのほうが安いかもしれないと見積もる者も居るだろう。
そんな豪華な場に、何故だか主はいた。立木に急きょではあるが是非慰労したいと呼ばれ顔を出したのだ。
しかし急きょ呼ばれたにしては、身綺麗なスーツに身を纏っている。髪の毛もいつものようにくしを入れただけではなく、整髪料で整えられている。
そんな主に目をくれるでもなく、乾杯の音頭をとる立木の上機嫌な声が会場に響く。
毎年の年末にその年に発表される楽曲を讃える賞は数多くある、はなみずき25幾つかを逃すが一番大きい賞を獲得するに至った。そしてかすみそう25も数多くの新人賞を受け取ることができたのだった。
「乾~~杯~~!!」
乾杯の音頭をとる立木の顔もどこか、憑き物が落ちたかのように見える。
ただ立木にかかるストレスの大きさは、グラスの中をあおるスピードがあらわしている。
実際カレンダーの枚数が1枚になったころから、安本に強く言えない上層部からかなり嫌味を言われてきたのだ。しかし大きな賞を獲ったことと美祢が映画に出演することで、来年はそこまで強くは言われることも無いだろうと立木の心は踊っていた。
「先生、急に呼んでしまって申し訳ない」
そんな立木が主の所まで来ると、さすがの主でも分かる。
今日の立木は非常に上機嫌だと。
「いえいえ、こうして忘年会に呼んでいただけてありがたいですよ」
そんな立木の放つ空気に水を差すのも申し訳ないと、主は急な呼び出しだったのにもかかわらず笑顔で対応できていた。
まあ自分の作詞した楽曲やプロモーションも、かすみそう25の新人賞受賞の一因に上がっていたと聞いては来ないという選択肢はないのだが。
10~20代という多感な時期の少女たちをマネジメントしているからなのか、立木は主の絶妙に変化した表情を逃しはしなかった。
それを視て流石に申し訳なかったと、本気で思っている立木はその表情を変えて主に、本当に大丈夫だったのかと尋ねる。
「出版社のほうにも呼ばれたんですよね?」
本気で心配をされては、少しだけ申し訳ないと思う主がいた。
確かに急な呼び出しではあった。
だが、それに応じる理由も主にはあったのだ。
「いや、あっちはまだ緊張しちゃうんですよね」
ほんの短い時間ではあったが、主が出席してきた出版社の忘年会。
芳名帳に書かれたそうそうたる名前に、自分の小ささを感じなくてはいけない主がいた。
そして自分よりも後に出版した作家の話題が上ると、ようやく自分の立場にも気が付く。
もう自分は新人と呼ばれる立場にはないのだと自覚した。
そしてどこか居心地の悪さからこの場を口実に、逃げてきたのだった。
そんな理由もあり、あまり立木に恐縮されるのは大変申し訳がない主。
「こっちは緊張しないんですか?」
そんな言葉が、主の背中にかかる。
振り向いてみれば、この両者が恐縮している場を破壊しうる者が立っていた。
「美紅さん……酔ってる?」
「酔ってません! で、どうなんですか?」
少し顔の赤い美紅が、いつものように主に詰め寄ると立木も主も助かったと緊張を緩める。
主が珍しく着用しているネクタイを引いて回答を求める美紅。
酔ってはいないとは言うものの、その言動はまさしく酔っ払いのそれだ。
だが主はそんな美紅に安心したように、美紅が望む答えを口にする。
「そりゃ緊張しないよ。気心知れた中だと思ってるから」
「みんなぁ~!! 先生が私たちのこと大好きだってぇ~~!!」
「いぇーーーい!!!」
主の言葉を3回ぐらい意訳を重ねたような答えを、美紅は他のメンバーに大きな声で伝える。
美紅の声に応えるように、成人メンバーが振り返り盛り上がってみせる。
だがすぐさま内輪に戻る様子を見るに、美紅の言葉の意味などどうでもいいのかもしれない。
おそらく酔っ払いが大量発生してるのだろう。
「……本当にすみません」
「まあ、彼女たちのこと好きなのは本当ですから」
思い思いのグループに分かれたメンバーたち。大人のスタッフに交じり酒を酌み交わすメンバーもいれば、未成年メンバーの塊もある。所々に大人メンバーやスタッフに甘える様子の若いメンバーも見受ける。
アイドルとスタッフが、一丸となって作品を送り出しているのがよくわかる光景だった。
そんな和気あいあいとした会場にあって、立木の周りは比較的年上のスタッフが多い。
自分の状況を見て、立木は想う。
まだまだ自分の向き合い方が足りないのかもしれないと。
「先生ぇ~!! 立木さんばっかりじゃなくってこっちも来て!」
特に自分に懐いていると思っていた、園部が自分から@滴主水を強奪する姿がそれを一層きょうちょうしているようにおもてならないのだった。




