二百十一話
「やっぱ、あの娘たちすごいわ」
レミの目にはモニターに映るかすみそう25の姿があった。
同じ番組に出演する後輩たち。そう後輩のパフォーマンスに魅入ってしまっている。
自分よりも経験のないはずの彼女たち、それでも何故だか自分達よりも輝いて見えるような気がしてならない。
それは望まずアイドルをしているメンバーがいるからか? それとも自分が立木一人のためにアイドルをしている負い目からなのか?
だが自分なりに精一杯アイドルをして努力してきた自負はある。
今よりもきれいに見られるために美容について学んできたし、きれいに見える所作をダンスに取り込んできた。
だからこそ、オーディション組の誰よりも早くフロントメンバーになった。
しかしそうではない何かが、かすみそう25にはあると想わざるを得ない。
そして、あんな風になれるとも思えない。
そんなレミの想いが、ポロリと口から洩れる。
それを何の気なしに聞こえた風のあいが、レミの見る画面を確信しながら反応をする。
「なに、誰や? ああ、うちらの後輩たちか」
本当に何も気にしていないような、あいの表情。
自分の後輩に、かすみそう25に何も感じないのだろうか?
あんなにも輝くアイドル達に。
レミの抱える疑問は自分への追及を止めて、あいへと向かう。
「あい……あの娘たちみたいにアイドルする気はないの?」
もっと輝くための努力はしないのかと。
望まれてアイドルをしていることへの責任感はないのかと。
「レミ……何度も言うたやろ。うちには元々アイドル適正なかったんやって」
そうもう何度も、夢乃と仲が良くなってすぐ。はなみずき25がデビューして間もないころからリーダーであるあいに何度も問い詰めた質問と同じ答えが返ってくる。
花菜だけにアイドルをさせていていいのか? フロントメンバーとしての責任はないのかと。
言葉を変え、時々で意味を変えたその言葉はあいに響いているように思えなかった。
「そう……」
今日もまた、あいの答えは変わらなかった。
あんなにも輝く後輩たちを見てもまだ変わらない。変わってはくれない。
確かに運営の望む売り上げはあるのかもしれない。
だがそれだけだ。
運営よりも上の望む存在にならないと、自分達のようなアイドルは他にもいるのだから。
そうなれば、自分は立木の望む存在に成れない。
そんな悲哀が、レミを包む。
あの美祢があんなにも活躍してしているにもかかわらず、スカウト組を変えることはできないんだと。
レミの目に少しだけ、影がにじむ。
そんなレミに気が付いたのかどうかはわからないが、あいは少しだけ熱のこもった言葉を口にする。
「でもまぁ、まだ後輩に負ける気あらせんから安心しい。それに……」
何かを言いかけたあいを不思議に思い、レミは相槌をうつ。
「それに?」
「そろそろ、うちも花菜に勝っておきたいからなぁ」
まるで子供のような笑みを浮かべたあいに、レミは呆れた表情を返す。
「ユメちゃんに聞いたけど、本当に馬鹿げた約束したね」
親友である渋谷夢乃から聞いた、はなみずき25結成当初のスカウト組と花菜の密約。
高尾花菜に勝てば、アイドルを辞めることを認めるという密約。
大人との契約で成り立っている職業だというのに、そんな子供の口約束が優先される関係に呆れてしまう。
第一、アイドルとして花菜に勝てる者が今のはなみずき25にいるとは思えない。
望み望まれてアイドルになった花菜は、今やトップアイドルと名乗るにふさわしいアイドルになっている。
知名度しかり、好感度しかり。
数々の番組に出してもらっている自分でさえ、高尾花菜の所属するグループのアイドルという認識から抜け出ることができいていない。
確かに最近は、あいも自分と一緒にバラエティー番組を中心に仕事を増やしてはいるが。
まだまだだ。
控室で、共演者と一緒になった時に話題に出される頻度は、その場にいない花菜のほうが未だに多いのだから。
「ああ、難儀はするけど無理やないからなぁ。ついムキになってん」
そう答えるあいの表情は、どこか勝算があると言っていた。
その眼に宿っているのは、時折見せる野心を語る時のあいの眼と同じ。
どんなに馬鹿げた話だと想っても、本人にとってはそうではないのだろう。
少なくともあいと花菜にとって、こんなにもこだわるべき話だと言うのはレミにも伝わっていた。
これ以上、自分が口を出す話ではないのだと。
「……そう言えば、花菜は?」
「ん? ああ、まだ拗ねてるみたいやで」
なんだまだ拗ねているのか。
美祢と花菜。
話題性に富んだ二人が、Wセンターをすると伝えられたのは1カ月も前のこと。
それが、今月になって新しいシングルの活動に美祢が不参加になったと変更が伝えられたのだ。
急きょ美祢の抜けた場所を埋めるためのレッスンが入り、師走のバタバタにも追われて他のメンバーは美祢がいない状況に慣れてしまったというのに。
レッスンでの花菜は明らかに熱のない、スカウト組かのような惰性ともとれるレッスンをしていたのを思い出す。
拗ねているとみるのが正しいのだろう。
だが、それだけではないようにも見えるが。
「花菜のことか……任せていいんだよね?」
少しだけ芽生えた不安をあいに託す。
リーダーとしての責務は負ってもらわないと。
「嫌やけど、仕方ないわ。オーディション組の方は任せたで?」
「うん、でもなっちゃんも2列目だから大丈夫だと思うけど」
美祢のいないはなみずき25。
それはなぜか少しだけ歯車のズレた感覚に似ていた。
「真裏なんやから気にかけてやって。か弱いんやから、あの娘」
「わかった」
そう、自分もその責務を負わないといけない。
オーディション組の年長メンバーとしての。
「頼んだで、Wセンター」
「次はね、まだ気が早い」
新しい役割は、その時に負えばいい。
あいとレミの目は自然と、画面の中の美祢を追っていた。




