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二百九話

「本日はかすみそう25にも来てもらいましたぁ~!」

 年末はアイドルにとって、忙しい時期だ。

 大晦日の国民的音楽番組を初め、各種音楽番組は年末特番と銘打ち、長時間の生番組を放送する。

 それだけではない、各グループがクリスマスに合わせたイベントを行い、場合によってはカウントダウンライブとして年末の最後の一秒まで仕事をしないといけない。

 その他にアイドルとしての本文であるパフォーマンス以外の仕事をしないといけないのだから。

 だか、それらの仕事があるのは幸運なことだ。

 番組とは、呼ばれないと出演出来ないモノだし、イベントは採算が見込めなければ、企画さえされないのだから。


 そういう意味では大変幸運なことにかすみそう25は、歌番組への出演が決まっていた。

 年齢が若いかすみそう25を呼ぶには、早い時間でないと多くのメンバーを欠いた状態で呼ぶしかない。その場合、歌披露は無理なので最悪は収録した映像を使うしかない。生番組で、多くのアーティストが生でパフォーマンスするというのにだ。

 そんな使い方をして視聴者が、納得するだろうか? 

 そのような都合もありかすみそう25は、世にいうゴールデンタイムと呼ばれる時間帯での出演が多い。もちろん、はなみずき25も同様の理由で隣の席に控えている。


「よろしくお願いします!」

 座ったままの最敬礼。それは端までピシッと揃えられた美しいのもだ。

 姉グループのはなみずき25も同じ姿を見せれば、事務所からの徹底した教育と本人たちの意識の高さがうかがえる。

 そんな少女たちの姿を見て、司会者のベテラン俳優『山川節次(やまかわせつじ)』は、少し気を良くしていた。その山川の少しの気の緩みが、かすみそう25に少しだけ大きい事件をもたらすのだった。


「ええ~、歌の前に少しお話をさせてもらいたいんですけど、テーマは『私の周りで、今年変ったこと』ですね。どうですかね、先ずはリーダーの賀來村さん」

 台本通り、リーダーの美祢に話しかける。

 キリッとした表情を、カメラではなく質問者の山川の目を見て淀みなく答える。

「はい、そうですね。えっと……二期生のみんながようやく個性を見せ初めてくれたことです。最近は新年会をしようかなんて話してます」

 笑顔のまま美祢は答える。二期生にもあの話はしっかりと覚えてるからねとメッセージを添えて。


 美祢の話を聞いて、山川はグループの来歴を思い出す。自分はさして知らないグループだが、世間ではそれなりの認知度があるのだとか。

 ただ、大半の二期生と呼ばれる娘たちは、デビュー間もなかったはず。ならば、台本通りではないが、少しカメラに映る機会を上げても良いだろう。

 そんな出来心と、少しの親切心でさえ事を起こすには十分だった。

「ああ、去年デビューしたばっかりですもんね。お仕事はなれましたか? ええっと、佐川さん」

 突如予定にないトークが振られる。

 本来は東濃まみが高校卒業年度ということもあって、「学校の友達たちが受験に向けて本格的に動き始めたこと」という当たり障りのない話をする予定であった。

 綾も台本を知っていたので、まさか自分に振られると思っていないこともあり、少し挙動のおかしい反応を見せる。

「えっ!? あ、はい! ああ、いいえ。あの……」

 しどろもどろの綾を見て、自分の娘のような既視感を覚える。

 そんな綾に優しい目を向けながら、自分のした無茶ぶりを回収する。

「まだ慣れてないようですね」

「す、すいません」

 顔を紅くしてうつむく綾を見て、共演者から笑いが起きる。

 そのことがさらに綾の顔を紅くするのだった。


 これでは、少しだけ可哀想かと山川は改めて綾へ、テーマトークを振る。

「じゃあ佐川さんの変わったことは?」

「あ……アイドルになったことに意味ができた事です」

 先ほどとは違いするりと答えた綾に驚きながらも、綾の言葉が何なのかを問いかけ直す。

「意味……ですか?」

 それを受けて山川の眼を見てしっかりとした口調で綾は、自分のことを話し出す。

「はい、アイドルになったきっかけは本当にたまたまなんです。だた……ちょと言いにくい事でもあるんですけど。私と妹は施設にいたんです。両親がいなくなったので」

 時々うつむきながら話す綾。その淀みない言葉にまるで台本通りのエピソードを話しているのかと勘違いする共演者さえも出ていた。

「でも今は新しい両親ができて、私は本当にうれしいし妹も楽しくいられますけど。ちょっと思ったんです」

 自分のことを隠すこともなく話してしまう綾を危うく感じながらも、生放送という編集の利かない番組であるため、番組スタッフも口を挟めないで綾を見守っている。

「将来妹が本当の両親をどう思うのかって、恋しく思うかもしれない」

 綾は少し暗い表情を浮かべながら、必死に作った笑顔を浮かべる。

 その姿は儚く、かすみそうそのものの様に可憐だ。

 しかし妹の将来を想い心配する姿は、どこか芯の通った強さも感じられる。

「だから、本当の両親にも届くくらい有名なアイドルになりたいんです」

 伏せ気味の顔を上げて強く言い切った綾の表情は、話の内容と反して明るく15歳の少女のままだ。

「そう……思えたことが、変わったことです」

「……」

 話は終わりましたけど? という表情を浮かべる綾がスタジオを見渡せば、山川をはじめ共演者たちがどう反応したらいいのかと表情で言っているのが見える。

「あっ! ご、ごめんなさい! 変な話しちゃってっ!!」

 慌てた綾がさっきよりも大きな声で、場をどうにかしないとと頭を働かせ始める。

 そんなスタジオの空気を読めたのは、冠番組で鍛えられた証拠だろう。しかしその空気をどうにかできるほど鍛えられてはいない。

「あ! いえいえ、大変すばらしい決意を聞かせてもらいました。応援していますので頑張ってくださいね」

 そんな綾を見て、ようやく自分の役割を思い出して仕事を始める山川。

「は、はい」

 山川がどうにか話を進めてくれたという、安心感からまたしても顔を紅くしてしまう綾は顔を伏せながら一言だけ答える。

「では、そんな佐川さんのデビュー曲でもあるかすみそう25のファーストシングル『走らなきゃ見えない』を披露してもらいましょう!」

 そしてスタジオの空気を吹き飛ばすかのように、努めて声を張りながら山川がかすみそう25の曲を振るのだった。

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