二百七話
「よ~し! 『それでも、君に……』を全体通してやっていくぞ!」
レッスン場に集められたかすみそう25。新曲をパフォーマンスするために、もう幾日かで新年になろうという日でもレッスンを欠かさない。
姉グループの陰になりがちな妹グループかすみそう25も忙しいスケジュールの中で、全員集まり貴重な時間を使って集中的にレッスンを繰り返していた。
「は~い!」
先ほどまで表題曲の『隣のあなたに』の歌とダンスを本番さながらにスタッフ陣に披露した直後だというのにメンバーの表情は明るい。
それは決して年末にふさわしい、豪華なケータリングや有名なスイーツが待っているからではない。
はなみずき25とかすみそう25両方の仕事をこなすリーダー賀來村美祢の姿があるからだ。
彼女のその姿は決して疲れを見せず、凛々しく、そして誰よりも力強くメンバーを惹きつける。
憧れたアイドルに違いはあれどメンバーは皆、賀來村美祢というアイドルは、自分たちのリーダーは、凄いんだぞと慕っていた。
「さぁ! みんな。美味しいモノのために頑張ろう!!」
「はいっ!!」
だから美祢の号令に対しても、アイドルらしい笑顔で応えることができるのだ。
「カメラ回りました!」
「お願いしますっ!!」
メンバーがそろってカメラにお辞儀をして、短いカウントが始まる。
そして曲が流れ始めると、美祢と美紅のダンスが始まる。
美祢の全開に近いダンス。それはメンバーであっても気を抜けば魅入ってしまいそうになるほど。
何という言葉で形容していいかもわからない。だが、確実にすごいという言葉が出てくる。
それに対する埼木美紅はどうだろうか? 確かに美祢と対になるダンスを踊ってはいる。
しかし魅了されるほどだろうかと言われれば、首をかしげてしまう。
メンバーは知っている。
そんな美紅のダンスがどれほどすごいのかを。
なぜなら、あの全開状態の美祢のダンスについて行けるのだから。
長い長いイントロ。その間たった二人だけのダンス。
何度も何度も交差する二人の視線。
互いに想い合いながらも一緒にはいられないというストーリーのこの歌において、美紅はもう一人の主人公。
そんなダンスを美祢と踊れるのは、かすみそう25のメンバーの中でも美紅のほか二人だけだ。
矢作智里と佐川綾の二人。綾は正確には美祢と踊っていても美祢の方を気にしてはいないだけなので、厳密には違うがそれでも稀な存在と言える。
だからこそ、メンバーは埼木美紅というアイドルが凄いのだと知っている。
グループ最年長で普段は率先してふざけだす、まるで最年少組かと錯角するような美紅が、アイドルとしてどれほどの努力を支払っていたのか。
メンバーはそのパフォーマンスでわかる。
歌が始まると、美祢の横にWセンターの宇井江梨香が歌唱しながら表へと出てくる。
対する美紅は3列目に入りながらもその存在感を失わないように必死にパフォーマンスを続ける。
美祢の歌声は、ダンスに比べればそれほど特出はしていない。
だが、アイドル4年目という経験がダンスに負けない歌声を演出できるようになってきている。
そんな美祢と同じ主人公を歌うのは、となりのアイドル1年目の宇井江梨香。
年上組だが、これまでそれほど目立つメンバーではなかった。
それ故、なぜ安本が彼女をセンターに抜擢したのか、スタッフにも頭を悩ませる者もいる。
何よりレコーディングでは噛み合わない様子の二人だったが……。
「どうだ?」
「江梨香も心配するほどじゃなかったみたいですね」
何度もレコーディングをやり直したと聞いていた立木も松田も、本番さながらのこのレッスンで実際に江梨香のパフォーマンスを見てようやく胸をなでおろすことができた。
ふたりの唄声には、寂し気な情感がこもりこの物語の雰囲気を盛り上げてくれている。
「とは言え、大将が賀来村によく見ておけ何て言うぐらいだ。目を離すなよ」
「……わかりました」
あの大作詞家の安本源次郎が、特に目をかけている美祢に対して注目しろと言った新人。
それがこの程度で終わるはずがないと、二人は気を引き締めなおすのだった。
それはサビに入る直前だった。
多くのアイドルの歌を聞き続けた立木の耳に届くその歌声に次第に力が乗り始める。
そして美祢のダンスには、いつものように人の眼を惹きつける引力のような魔力を帯びていく。
レッスンであるから、美祢が全開であることも仕方がない。
そう思っても新人が隣にいるんだぞと、立木の顔を歪む。
だが……どうだろう。
「おい、これは……」
「江梨香が美祢に負けてない……?」
立木と松田は、不思議なものを見ている感覚になる。
ダンスを込みで考えれば、圧倒的に美祢のほうが観客を引き込む力は大きい。
美祢の歌はダンスに比べれば、幾分か劣るだけで決してパフォーマンスにおいて足かせではない。
だから常識的に考えれば、宇井江梨香の存在は賀來村美祢のパフォーマンスの陰に隠れるはずだった。
しかし宇井江梨香は、その歌声だけで美祢のパフォーマンスに喰らい付いている。
美祢とは違い、経験ではない。
天性という言葉を浮かべてしまう歌声がダンスを補い、美祢のとなりだというのにその存在感を失わせない。
スタッフもメンバーも驚くしかなかった。
美祢のパフォーマンスに対して、新しいアプローチでその隣に立つ新しいメンバーを全員が目撃したのだから。




