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二百六話

「アイディアだけ?」

 美祢は普段とは違う主の様子に、興味を示す。

 普段のような自分を罰する様子でもない。ただただ恥ずかしがっている主を見るのは初めてだった。

 なぜこんなに主は恥ずかしがっているのだろうかと疑問を感じてしまう。

 そんな疑問を乗せた視線に主が気が付くと、さらに恥ずかしそうに小さな声で美祢の視線に答える。

「そう、だから原案」

 主が恥じていたのは、執筆初期のいわゆる初期衝動というものが誰かにバレるのではないかと思ったからだった。

 主の小説の初期衝動。それは恋慕だった。

 あのアイドルへの、高橋悠理への恋慕の情から始まったのだ。

 自分の視界からいなくなってしまった彼女。それは最初は何かの代償行為に見えたのかもしれない。

 だが、それでも主は今でも彼女を好きだったと言える。今風に言えば、ガチ恋勢の言葉とさして変わらないが。それでも主は、アイドル高橋悠理に恋をしていたのだ。

 ステージで輝く彼女に。テレビで見かけた笑っている彼女に。

 そしてその想いは届くことがないと、頭のどこかで理解してもいた。

 だから乱闘騒ぎの後、彼女の事務所から出禁を言い渡された時には、心のどこかで安堵もした。これで彼女への想いを捨てる理由が出来たと。


 しかし、彼女を見なくなってからも主の高橋悠理への想いは大きくなるばかり。むしろ見ないからこそ当時の思い出に囚われ、増大していくのを感じたのだ。

 そんな時出会ったのが、小説投稿サイトだった。

 誰も見るわけがないと彼女への想いを書きなぐり、主人公である自分をどん底まで突き落とすことで贖罪と彼女への想いを断ち切ろうと書き始めたのが、主の小説。

 あの時の愚かな自分をどうにかこうにか罰することができないかと、頭を悩ませ書き上げた小説。

 だから、あの辛辣な感想も、全く入らないポイントも実は主の構想通りの結末だった。

 自分の彼女への想いが、正しくないモノだと多くの人から言い渡されたかっただけ。

 そしてそれを書き上げた主の心境に少しだけ変化をもたらした。


 こうまで構想通りの結果を得られるのなら、狙ってヒット作を創れるんじゃないかと。

 今度は誰かに認めてもらうための小説が創れるのではないかと。

 それは数十作を連載しても主だけではなし得なかった。美祢と花菜の手助けと周囲の大人たちとの協力により、なんとか独り立ち出来るかもしれないという所に立てた程度だ。

 なんて思い上がった始まりだったのかと、主は羞恥を感じていた。

 だからそんな、若気の至りの象徴という作品に注目が集まる可能性には辟易とするが。

 だが、そんな作品であっても唯一自分を認めてくれた『結び目さん』である美祢の仕事につながったことは誇れるはずだ。

「美祢ちゃんが制作に関わってくれるなら……少しは救われるかなって」

 そんなことを言う主は先ほどの恥じるような空気ではなく、また自分を責めるような空気をにじませる。

 そう、自分にとっては誇れる要素であっても、彼女自身、美祢自身にとっては花菜と同じ場所に立てるはずだったシングルをなかったことにされてしまう元凶なのだ。

 だから主は、謝罪を口にしなくてはいけない。

「美祢ちゃん。ごめんね、大事なシングルだったのに」

「あっっ! いえ、ごめんなさい! あのっ……私知らなくって」

 美祢は先程までのことを思い出し主に頭を下げる。

 主の作品から出来た映画だとは露知らず、なんで自分を起用するのだと結構な恨み節を口にしていたと。

「ううん。本当にゴメン。僕が君のグループに小説を書いているのも関係してるはずだから、ごめん」

「いえ! 最後は私も納得しましたから……」

 美祢の待ち望んだはずのシングルとなるはずだったのにと主が頭を下げれば、美祢は最終的には自分で決めたことだと頭を下げ返す。

 だが、主は見逃がさなかった。

「いいよ、無理しなくても。ほら、また」

「え、あっ……あれ?」

 美祢の眼からまた涙が流れ始める。

 おかしいと戸惑う美祢に、もう一度コートをかけ直す。

「はい、またコートの中に戻って」

「違うんです! 本当に、本当に……納得したんです。……本当に」

 納得したのは自分なのにと想っても、美祢の眼から涙が止まることは無く、また主の服を濡らし始める。

 何故だろう?

 主に、自分の恩人の作品に携われることがうれしいはずなのに。

 少しでも恩返しできるのは、うれしいはずなのに。

 なんでこの涙は止まってくれないのだろうか?

 それにもまして、こうしてまた主に迷惑をかける自分ではない、主の力になれるような自分になりたいのに。なんでこうも自分は弱いのか?

 涙の理由は増えていくばかりだ。

「うん、わかった。……ありがとうね」

 美祢がそう思っているなどわからない主であったが、自分のために自分を押し殺そうと考えてくれる優しい、小さなアイドルにお礼を言わないわけにはいかない主だった。



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