二百四話
突然舞い込んだ、美祢への映画出演のオファー。
それは次のシングルのプロモーションと見事に全部が被るスケジュールが示されていた。
今はもう制作活動に入っている。
ただ、まだまだ初期だと言える。変更などいくらでもできる時期だからこそ、立木は美祢の言葉に冷静に、いや、美祢にとっては冷酷にこう答えるのだった。
「ん? ああ、はなみずき25の次のシングルお披露目してる時だろうな」
こともなげに言われたその立木の言葉を疑うように、美祢は再び声量を気にせず立木へと噛みつくのだ。
「だろうなって! 私っ!」
「ああ、すまんが大将にも了解を取った」
「そ、そんな……」
美祢の表情が歪んでいく。
立木が見ても、美祢が映画撮影を拒否しているのがよくわかる。
それもそうだろう。
次のシングルでは、美祢は花菜とのWセンターを射止めていたのだから。
ようやく巡ってきた美祢の夢がかなう瞬間。
それが映画撮影のために無くなろうとしているのだ。
美祢はもう全力で拒否するしかない。あと少しで、もう数カ月経てば、自分が夢とした場所へと到達することができるのだから。
立木には痛いほどわかっていた。
立木が美祢を息を切らせて呼び止めたのは、ギリギリまで映画関係者とスケジュール調整を行っていたせいでもある。
どうにか1カ月。せめて1週間。無理なら1日だけでも。
撮影開始日を動かせないかと、電話の向こうへと何度も頭を下げたのだ。
しかしそれでもスケジュールは、1日たりとも動くことがなかった。
そのかわり美祢が所属するかすみそう25の歌を劇中に使用するという対案が、向こうから提案されたのだ。『さすが安本先生の懐刀、交渉上手ですね』なんて嫌味を言われながら。
そんな屈辱にまみれても、立木にはこの仕事を受けないという選択肢はなかった。
だから、大人として拒絶する美祢へと再び頭を下げる。
「すまん。社の方針だ。はなみずき25の次のシングル。賀來村、お前は不参加になった。……お前がこのポディションに来るまでやってきたことは知ってる。ただな、これを逃すと上にグループの運営まで口出しされかねない。申し訳ないが、今回は涙を呑んでくれ」
仕方が無いんだと、口にする立木。
どうしても受けないという選択肢は無いんだと、包み隠さず告げるのは立木なりの美祢への誠意だ。
それはわかった。わかっていてもどうしても受け入れることができない。
不参加。
その言葉が、美祢を絶望へと突き落とす。
やっと、やっとだ。
@滴主水の助けを受けて、安本のシナリオを倒れる寸前までひたすら走って、疲弊して、心をすり減らしてようやくつかんだ花菜の隣のポディション。前回とは違い本当の本当にとなりに立てる所まで来たのだ。
それを大人の都合で、不参加にされてしまう。
あまりにもな不条理。
感情のまま立木に罵詈雑言を投げることも美祢にはできた。
だが立木の苦しい表情を見れば、立木サイド、安本の意思ではないのだと理解で来てしまう。
ならば立木を責めるのは、適切ではない。
理性と感情が渦巻くまま、それでも美祢はどうにか拒絶の意思を見せようと口を開く。
「で、でも……」
「お前が言いたいことも十分わかってる。お前の最終審査の時の言葉を忘れたわけじゃない。……だが、グループを守るためには必要な犠牲もある。……すまん。大人の事情にお前を巻き込んで」
美祢が言葉を口にするよりも早く、立木が言葉を並べていく。
賀來村、お前の気持ちもわかっている。
わかっているが、お前に拒否されるわけにはいかないんだと。
お前がグループを大切に想うなら、受けて欲しい。
この仕事の是非が、今後のグループの是非につながるんだと。
なにより、お前の仕事はアイドルだろうと。
大人の都合で働いている以上、こういうこともあるんだ。今のうちに慣れておきなさいと。
立木は美祢への謝罪の言葉を口にしながらも、一歩も引かない、引くことができないんだという、熱意をもって仕事に打ち込んでいる大人の目を美祢へと向ける。
これがお前のいる世界なんだと言い含めるように。
「いえ、……わかり……ました」
美祢は立木の本気に気圧されて、とうとう自分の望まない仕事を受ける返事をしてしまう。
アイドルという職業。
それを思い出したかのように、打ちのめされた気分だった。
悔しい。
やはり悔しく、やりたくないと口から漏れ出てしまいそうになる。
だが、自分の言葉一つでグループが、はなみずき25が危ういものになってしまうかもしれない。
もしかしたらグループ自体が無くなる可能性だって出てくるかもしれない。
そんな大人の都合を拒否するため、なんとか自分の夢への道を残すために、美祢は本心を黙らせて仕事を受けると何とか口にする。
少しだけ大人になったような気がした。
いやな成長をしたという実感があった。
それでも主もこんな想いをしたのかもしれないと思うことで、なんとか自分を慰める。
あの人に自分も少し近ずくことができたのだと。
だが、何故だろう?
こうもうれしくない涙があふれてきてしまうのは。
流したくもない感情が、涙となってあふれてしまうのは。
美祢は立木の前で、声を殺さずに泣き出してしまう。
そんな美祢を立木は優しく、それでいて申し訳ない気持ちで見守る。
「せっかく、ここまで……高尾の隣りまで来たのに不参加にしてしまって、……本当に申し訳ない」
そしてようやく本心で美祢への謝罪を口にするのだった。




