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二百話

 かすみそう25の新しい楽曲『隣のあなたに』を歌う埼木美紅は、戸惑うしかなかった。

 この曲の主人公、いや、登場人物は二人だ。二人しかいない。

 隣を歩く少女にどうか遠くに行かないでくれと懇願する少女と、自分がいなくても大丈夫、お互いの道を行こうと別れを告げる少女だけだ。

 美紅は想う。

 何故だろう。美祢に、もう一緒にいられないと言われたら、きっと自分はこの少女と同じ気持ちになるだろう。

 年下だけど先輩で、いつの間にか親友のように仲良くなれた、小さな身体を大きく見せることが天才的に上手いこの娘と別れるときにきっと同じ言葉を口にしてしまうはずだ。

 嫌だ! 離れたくないと困らせてしまうだろう。

 まだ口にしていないのに、何故だかその言葉が自分のものだと思ってしまう。

 これが大作詞家、安本源次郎の真骨頂かと驚嘆するしかなかった。


 だが、美祢には違うように感じていた。

 美祢は安本からのメッセージだと受け止めていた。

 『賀來村美祢、君がかすみそう25として活動する時間はもう終わりだ』と。

 美祢は想う。『隣のあなたに』は、私とかすみそう25との別れのための歌だ。

 もう彼女達と過ごす、忙しくも楽しい時間は残り少ない。

 きっと、次の曲は私と誰か。たぶん智里が本当にかすみそう25にさよならを告げる曲になるだろう。

 なんでだろう?

 たった2年間、共に過ごしてきただけなのに、こうも胸が締め付けられるのは。

 あと少しで美紅のあの笑い声も、公ちゃんのあの優しい匂いも、有理香ちゃんとの穏やかな時間も、ヒナちゃんが作る楽しい空気も、まみのあの真面目な眼も、佐奈ちゃんのあの甘えた表情も見ることができなくなってしまう。

 なにより入ってきたばかりの二期生のみんなを見守ることができなくなってしまう。

 頼もしい娘もいれば、心配な娘もいる。

 そんな娘たちを置いて、自分は自分の夢のために『はなみずき25』という戦場に集中しなくてはいけない。


 なんて時間は残酷なんだろう。

 このまま時間が止まってしまえばいいのに。

 美祢の心のどこかで、そんな願いが生まれる。

 だが、その願いと同じくらい強い喜びもある。

 きっと安本源次郎は、自分がいなくてもかすみそう25は大丈夫だと。かすみそう25が、もっと高く飛ぶために必要なことだ。そう言っているに違いない。

 そう想えば、この歌は別れを告げる歌というだけではないかもしれない。

 きっとこの空にいっぱいの笑顔を届けるために、飛び立つみんなを見送るための歌だ。

 お互いの夢への航路は違うけど、お互いにいってらっしゃいと見送るために必要な歌だ。

 明るく見送るには、葛藤を抱える時間も必要だろう。

 なんで置いていくんだと、もっと一緒にいたいんだと涙することも必要だ。

 それを自覚するための時間をくれた、安本源次郎という優しい作詞家のくれた猶予期間なのかもしれない。

 だから、美紅。

 今は感情のまま泣いていいんだよ。

 その涙を流し終えたら、またあの笑顔を見せてね。


 美祢は収録中に何度も美紅の顔を見ながら、歌い続けた。

 時に胸の苦しさを、時に涙を声に乗せてしまいNGを連発する美紅を笑顔で見守り続けた。

 そのたびに、美紅は紅くなった顔を美祢から背けるのだ。

 だがそれでも再びマイクに向かう美紅を、見てほほ笑む。

 美祢は想う。

 この埼木美紅というアイドルと同じステージに立てたことが誇らしい。

 あんなに自由奔放という言葉が似合うのに、二期生のために進んでパイプ役を買って出る優しさ。

 センターを立てるために、二期生を立てるために率先して影に徹する心の強さ。

 彼女がいなければ、かすみそう25はどうなっていたことか。

 自分がやらなくてはいけないことをだいぶ背負わせてきた反省もある。

 かすみそう25を産んだのは自分だとよく言われるが、育てたのは間違いなくこの埼木美紅だ。

 この先も彼女がいるんだから、きっと偉大なアイドルグループに育つだろう。

 ならそれに負けないくらい、私がはなみずき25を大きく育てよう。

 どんな困難があっても大丈夫。

 どんな無茶があっても大丈夫。

 同じように、自分と同じように苦労し、苦悩し、それでも笑顔を忘れない彼女を知っているから。

 埼木美紅というアイドルを知っているから。

 埼木美紅というライバルがいるから。


 だから今はゆっくりその気持ちを飲み込んで。

 いずれ来る別れの時まで。

 お互いにいってらっしゃいと笑顔になるために。

 私はここでいつまでも待ってるから。

 あなたの笑顔を。

 あなたの歌声を。


 スタジオには何度も同じ曲が掛かり続けた。

 しかしその歌声が、同じ表情を見せることはなかった。

 ふたりの唄声は、互いの感情をそのままにメロディーに乗せられていく。

 美祢の決断した晴れやかな声と、美紅の悲しみに染まった声は一つの物語のエンドマークへと向かっていく。

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