二十話
はなみずき25のアルバムが発売され少したったある日。
ファーストアルバム『On Your Mark』の販売促進イベントが行われた。アルバム発売に合わせて数多くのグッズが、会場前の物販に並んだ。
そして異変はすぐにメンバーに知らされた。
「賀來村完売! 一番手だぞ!」
これまでくすぶっていたメンバーの大躍進に、運営スタッフも大喜びで美祢を祝福してくる。
「握手券に次いで物販も完売なんて、なにしたんだよ~!」
これまでのライブでの売上を鑑みて、確かに美祢のグッズは少なめに生産されていた。それでも今まで完売するほどではなかった。
「やっぱ、ソロ曲が効いたんじゃない?」
「だよなぁ、あれはシングルカットでも売れたよなぁ!」
メンバーのやっかみに近いセリフも、スタッフの興奮した耳には好意的に聴こえたらしい。
「賀來村! 波がきてるぞ! 頑張れ!」
「あ、ありがとうございます」
当の美祢は、少々困惑していた。
確かにソロ曲の効果も主水の小説の効果もあったのかもしれない。たが、その効果が余りにも即効性すぎるのと、慣れない好調さが逆に不安を呼ぶ。
一方ライブ会場前では、何やら怪しい動きをする活発な一団が度々目撃されていた。
「あ、すいません。はなみずきのライブですか? もしよければ……」
何やら一枚の紙を渡し、神妙な顔つきで話し合っている。
「あ、そうですか。丁度自分も何かって思ってたんですよ。わかりました」
その怪しげな一団は広がりを見せていた。
「じゃあ、今回のファーストアルバムの注目を教えてもらいましょうかね。え~、花菜ちゃん」
「なんと言っても表題曲の『On Your Mark』ですね。これまで発表してきたシングルの始まりの物語を是非聞いて欲しいです」
イベントは前半のトーク部分から重い空気に支配されていた。いつもは絶対に沸く花菜渾身のアイドルスマイルも不発するほど重い。
ファンは表題曲なんかより隠しトラックの話を望んでいるのが、スタッフ全員理解できた。
急遽台本を変更し、美祢にマイクが廻ってくる。
「やっぱりね、ファンの皆さんは聞きたいみたいですよ。美祢ちゃん、あの最後の楽曲ね。どういう経緯で歌うことになったのかな?」
「え~っと、それは……」
袖に控えている立木を見つけた美祢は、話して良いのかアイコンタクトで確認するために言葉をわざと途切れさせた。
間を持たせるために、美祢は見事な困り顔をファンに向ける。
それに呼応するように、会場にライトイエローの海が作り出される。ライトイエローのサイリウム。それは美祢のカラー。
「え? あの、え?」
美祢は突然自分色に染まった会場が理解できなかった。
そんなあり得ない光景を目にして、美祢の目に涙が産まれる。
戸惑っているのは、美祢だけでなくスタッフ、メンバー全員がその状況を呑み込めずにいた。
「みね吉~!! やめないでくれーーー!」
一人のファンが感極まったように放った声は、会場内のあちこちから山彦のように繰り返される。
そんなファンの声に引かれるように、ステージの中央まで美祢が動く。
スーッと、息を吸い込む音がマイクに入ったかと思うと、美祢は声をマイクに叩きつける。
「誰が辞めるかーー!」
少し反響しながら美祢の言葉は、会場を進んでいく。
シーンと静まり返った会場を美祢は、怒りを露にして睨み付ける。
「何? 辞めて欲しいの? ハイ、そこのあなた。答えて」
美祢に指名されたファンは黙って首を横に振る。
何人か同じようなコールアンドレスポンスをして、美祢は再び息を吸い込んでもう一度伝える。
「私は辞めませーん!!」
あまりの渾身の訴えに、状況が理解できていなかったメンバーから笑いが起きる。それは会場内を包んでいた重い空気を何処かに吹き飛ばしてしまった。
「えー、なんかね。勘違いされた方がいたみたいですけど、じゃあ気を取り直して美祢ちゃんに、話題の曲を歌ってもらいましょうかね。タイトルは『エンドマークの外側』」
「ちょ、ちょっとこの状況で歌えませんよ! 待って、音止めてー!」
和みかけた空気を逃さず畳み掛けた司会者の機転により、会場は完全にステージからコントロールされていく。
そこからは元の台本に戻しても何事もなく進行されていく。
ライブパートになり、ファンは今日の功労者に自然と目を向けた。
美祢がライブ中に注目を集めた最初の場面だった。
後列の端でフォーメーションに徹する美祢を、今まで誰も目にしていなかった。それはフリを間違えることなく全力で踊りながらもセンターやフロントメンバーに割って入ることなく、背景になっていた少女がようやくアイドルになった瞬間だったのかもしれない。
後列の端でありながらも、表情豊かに楽曲を表現し、時折客席に投げられる笑顔に魅せられていく。
美祢という花が咲いたことにより、センターで歌っている花菜がより際立つ。
これが『はなみずき25』というグループなのかとファンは改めて認識したのだった。
その日の握手会でもファンを相手にしても尻込みせず、美祢は長い時間途切れない列を最後まで見事にさばき切った。美祢はいつの間にかラジオで花菜と話していたような自然な態度でファンと接することができる様になっていることに気が付いた。何故か今日の客層は怖く感じなかった。
この日のイベントは『美祢引退捏造事件』として、はなみずき25の歴史にしっかりと刻み込まれたのだった。




