二話
「くぅ~!!! 今回も熱い! ・・・・・・はっ! 待って、これって、あれが伏線になってるの? ・・・・・・やっぱり! え~、スゴくない!? こんな前からこの展開想定してたの? スゴすぎるよ主水先生!!!」
スマホを片手にまるで釣り上げられたカツオのように、ベッド上で暴れている少女が一人。
それを呆れたように見下ろすもう一人の少女が、口を開く。
「それ、私のベッドなんだけど?」
綺麗にピンと張ってあったシーツは、見るも無惨な有り様だった。
「? うん、知ってるよ?」
もう一人の少女は、注意の仕方が悪かったと反省し寝転がってる少女の手を引き起こし部屋の外へと追い出そうとする。
「ほら、もう私寝るから。美祢も自分の部屋戻りな」
「え~、もうちょっと遊ぼうよ~」
「や~だ、あんたも寝なさい。明日ライブ本番なんだから!」
追い出されているのが、賀来村 美祢。15歳。追い出そうとしているのが高尾 花菜同じく15歳。共に高校一年生、幼馴染みで同じアイドルグループ『はなみずき25』に所属しているアイドルをやっている。
今は遠征先のホテルで明日のライブ本番をまっている。
「センターさんは、真面目だなぁ~」
「センターだからじゃないの、アイドルなんだよ? 私たち」
「わかってるけど……」
美祢はわかってるけど承服しかねるといった表情を見せる。
「同じ部屋お園さんなんだもん」
「いいじゃない」
「やだ~! また美容講座始まるじゃん!」
同室の園部というメンバーがは美容にうるさいのはグループ内だけでなくファンの間でも有名な話だ。
「流石のお園さんでもライブ前日にやらないよ」
「ホント?」
「本当本当! はい、戻って」
「う~、わかった。おやすみ~」
美祢は部屋には戻らず、薄暗いロビーの片隅でスマホの画面を凝視してる。
身じろぎのせずにただただ一点を見つめている。
「みーちゃん、目悪くなっちゃうよ」
突然声をかけられた美祢はピクリと身体を震わせ、声の方を振り返る。
そこにいたのは同室の園部レミだった。
うっすらとブラウンに染められた髪をまとめ、ゆったりとした部屋着。いつも遠征で見かける園部の姿。その姿に美祢は表情を硬くする。
「みーちゃん。今さらあせってもパフォーマンスが落ちるだけだよ? 今日は寝よう?」
「お園さん。お園さんは不安じゃない?」
園部はゆっくりとした足取りで美祢の横に移動し腰を下ろす。
「そりゃね、毎回不安よ。けどさ……みーちゃんいっぱい練習したじゃない。それを信じるだけじゃない?」
美祢はうっすらと目に涙をためて、それをこぼさぬように努力しながらつぶやく。
「だって、だってスカウト組のみんなに追い付けないんだもん……」
「そんなことないよ、現にみーちゃん推し増えてるんだし」
「それはグループが有名になったからでしょ? 私の列、常連さん少ないし」
結成2年になるはなみずき25は握手会イベントに力を入れて行っている。それはファンにとってはアイドルと触れ合う貴重な機会だが、当のアイドルにとってはそこまでの活動の結果が見える場でもある。
並ぶファンの人数はそのまま直接アイドル本人の認知されている数であり、人気のバロメーターでもある。
はなみずき25は結成当初からメンバーが増えてはいないが、明確に二つのグループに分かれる。
花菜を筆頭に6人のスカウト組と11人のオーディション組の17人体制のグループ。人気はスカウト組に集中している。中でも絶大の人気を誇る花菜はグループの絶対的エースと言える。
美祢はオーディション組、人気順で言えば最下位の17番目。もちろんライブなどのフォーメーションも最後列が定位置。テレビのレギュラー冠番組でもオンエアーに乗ることの方が珍しい。
加えて人見知りな性格のためイベントでの美祢に会いに毎回来るというファンは非常に少ない。
「みーちゃんが慣れてくれば変わるって。ほら、泣いたら明日のライブおブサな顔で出ることになるよ」
「うん」
美祢は涙が流れないように袖を眼に押し付ける。
「さっき見てたのフォーメーションでしょ? 大丈夫、みーちゃんできてたよ?」
「でも、できるのはこれだけだし」
「振りなんか間違えても堂々としてればいいの! 私を見習いなさい」
その言葉に美祢は不意を打たれ、吹き出してしまう。
「さ、部屋戻ろう」
「うん」
園部にはげまされて美祢が部屋に戻ったのは、0時を超えた頃だった。
はなみずき25のライブ当日。急激に知名度を高めた注目のグループということもあり、会場は満員となっている。暗い会場の客席にはサイリウムの色とりどりの波が踊っている。
壇上のアイドルたち一人一人に割り当てられた色が綺麗に分かれている。それは恐ろしく均等にメンバーの色が全色揃ている様はある種の芸術と言っていいような光景だった。
それはファンが率先して始めた演出であり、一曲限定の均等。決して人気が均衡しているのではないことを美祢は知っている。それが申し訳なく、そして悔しい。
いつも通りのライブを終え、帰路のバスの中で美祢は熱心にスマホの操作をしていた。
「美祢、また小説読んでるの?」
「違う、感想書いてるの。……花菜は疲れてるでしょ? 膝使っていいから寝てなよ」
「いいの? じゃありがたく。……美祢、車酔いしないの?」
「ん? 慣れた」
花菜の見上げた美祢のまぶたはうっすらと紅い。目立ったミスはない美祢だが、毎回のようにどこかで泣いているのだろう。そんな美祢の変化を花菜はあえて無視する。
「ね? いっつも何読んでるの?」
「小説投稿サイトのやつ。結構面白いよ? 読む?」
「ん~、どれくらい面白い?」
「過去一」
「へー、どんな話なの?」
「えっとね~――」
そんな会話が車内に流れながら、バスは東京へと戻っていく。