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百九十八話

「で? 話して言うのはなんだい? @滴君」

 美祢のレコーディングの翌日、主は安本の作詞部屋にいた。

 事前のアポイントも無いのに、快く通してくれた安本を目にすると少しだけ心が痛い。

 だが、言うしかなかった。

「安本先生、申し訳ありません。僕はもう美祢ちゃんの物語を書くことができません」

 主の言う美祢の物語。それはかすみそう25のCDに付けられる特典小説の話だ。

 デビュー前には、はなみずき25のCDに付けられていたものだったが、かすみそう25が正式にデビューしてからはかすみそう25のために書き下ろされていた。

 だが主はそれをもう書けないと、美祢に自分の理想を押し付けられないと言うのだった。

「そうか、……意外と早かったね」

「え?」

「いや、こっちの話だよ。……で? 契約はどうするんだね?」

「破棄してください。違約金はお支払いします」

 安本は困っていた。安本たちにとって主に課す違約金は正直微々たるものだ。

 本来の売り上げを考えれば、それは取るに足らない良心的な設定だ。

 だが、安本は別の懸念があった。

 

 主が関わりだしてから安本の目線では、はなみずき25もかすみそう25もとてもいい刺激を受けている。

 そして彼の書く歌詞にもそれなりの高評価を付けるファンもいる。

 しかしその歌詞はあくまで小説を書く契約についている付随事項に過ぎない。

 主が小説を書かないとなれば、作詞家をして新しい契約を結ばねばならない。

 そうなれば、今彼が抱えている他のアイドル達への歌詞を書くことはできないだろう。

 なにせ世間には、自分が彼を教育しているとみられているのだから。

 あくまで今の契約だから許されている特例なのだから。

 上層部には有能なら早く抱え込めと嫌味を言われている始末。

 彼が小説家だと何度言っても理解しない鋼鉄の頭しかいない上層部をかわす言い訳が無くなる。

 いつかこう言いだすとは思っていたが、いかんせん早い。

 もっと外で色々と鍛えないと、自分の望む力が備わらないではないか。

 どうしたものか、ああ、なんて頭の痛い話か。


「あ、あの……?」

「いや、気にしないでくれ」

 う~んと頭を悩ませる安本にを不安そうに見つけるしかない主は、黙って佇むしかなかった。

 悩んでいる姿が、いつもよりも恐ろしく感じる。

 もしかしたら、机の引き出しにあるかもしれない銃をつきつっけられるのではと、ありえない妄想が主の頭をよぎる。

「……じゃあ、二期生はどうかな?」

「え?」

「賀來村クンの話は横に置いておいて、新しく二期生の話を書くって言うのはどうかな?」

「二期生……ですか?」

「ああ、賀來村クンの話は宙に浮いたままになってしまうが、かすみそう25の話ではある。契約には反していないんじゃないかな? それなら違約金を払わなくってもいいんじゃないか?」

 そんなはした金よりも、この@滴主水という人物との繋がりを切ってはいけないと安本は判断を下す。

 これまで彼の書く賀來村美祢を楽しんでいたファンには申し訳ないが、そこは実物で楽しんでもらうしかない。

 それにどんなモノでも関係者しか知らない楽しみというものがあるモノだ。

 だからこの先の物語は……。


「わかりました。二期生の物語、……書かせてもらいます」

「そうか! 良かったよ。君の小説を楽しみに購入してくれているファンもきっと喜ぶ」

 安本の言葉に主は何かを思い出したように顔を上げる。

「あ、あの……わがままを言うようで申し訳ないんですが」

「ん?」

「彼女が、美祢ちゃんがアイドルを辞めるって言ったら、最後の物語を書かせてほしいんです」

「書けるのかい? 君に。@滴クン、君が言ったんだよ? もう書けないと」

 書けるのか、そう言われて思わず息をのんでしまう。

 書けますとその一言が言えない。

 主の頭の中に美祢の物語のエンディングが再生できないせいもある。

 それ以上に、自分の口にした言葉をいう美祢を想像できていない自分がいた。

 いつか必ず来るはずの、美祢のアイドルの終点を。

 いや、確かにあったはずだ。

 あの娘の物語を書いたときには。

 いつから見失ったんだ?

 

 安本が初めて主を厳しい目で見ている。

 自分で書くと言ったモノを改めて書くと言えないんだから当然だろう。

 だが書かなくてはいけない。

 自分の思い描いた美祢が遠くなっても。

 当初のエンディングが、頭の中から掻き消えてしまったとしても。

 彼女の物語を始めたのは自分なんだから。

 その責任を負うことだけが、自分にできる全てなんだから。

 新しい物語の終着点を探すしかない。

 主は改めて安本の目を見てはっきりと答える。

「その時が来たら必ず書きます。どうかお願いします」

 主の言葉に安本は納得したように頷く。

「わかった。その時が来たら……お願いするとしよう」

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