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百九十七話

 美祢と江梨香のレコーディングは、3時間を超えていた。

 時間がかかっていることに美祢達は恐縮しているが、ミキシングブースで聞いている主たちには好評だった。

「美祢ちゃん歌えば歌うほど良くなりますね」

「そうなんだよ。あいつはいいポテンシャル持ってるのに、それを出すまで時間がかかるのがな」

「同じ目線でいてくれるって安心感を感じますよね」

「まあ、あの娘は特に悩みながら歌うからな」

「悩んでますか」

「ああ、歌詞の意味は何なのか、どんな感情なのか。安本の歌詞は歌い手を選ぶんだよ。しかもデジタル使わず昔ながらの方法にこだわるからな」

「昔ながら?」

「今はな、音の上げ下げとか音のツギハギなんかは簡単にできるんだよ。パソコンのソフト使えばな。だが安本はそれを良しとしないから、音は歌い手が合わせないといけない」

 苦労してるんだとミキサーの高本こうもとは苦い表情を見せる。

 かと言って、高本は彼女たちに甘い顔はしない。主と話ながらも美祢たちにダメ出しを何度も行うのだった。


「よし! OKだ。おつかれ」

「高本軍……さん。ありがとうございました。あの、ここの部分なんですけど――」

 美祢が危うくはなみずき25内での高本のあだ名である『鬼軍曹』を言いかけながらも、後に続くメンバーのために気になった部分を確認する。自分の歌割以外の部分を重点的に。

「あ、先生にも聞きたいことが」

 と、美祢は歌詞の意味やどんな感情を主人公が感じているのかなど確認してブースを出ていく。

「な? 悩んでるだろ?」

「ええ、先輩であろうと必死ですね」

 そんな美祢を見ていてふと思う、人として成長してい美祢。だが、アイドルとしては成長なのかと。

 長くアイドルから離れていた主にとって、アイドルと言えばはなみずき25やかすみそう25だ。

 新しい仕事で他のアイドルとふれあった今、彼女らが本当の意味でアイドルなのかと疑問が産まれる。


 数字だけが全てではないと、今でも思う。

 しかし数字が無ければ、彼女たちの活動の場は当然無くなるのが彼女たちの仕事なのだ。

 時間が経つほどに思う。

 自分の言葉の軽さを。

 戦う彼女達の決意ほど、自分は言葉に何かをかけていたのかと。

 そんな自分の言葉を体現するかのような、美祢の姿ははたしてアイドルなのかと。

 あの娘の夢の手助けをしているつもりが、本当のあの娘の魅力を殺していくのではないかと。

 誰かにわかったように言い放った、『自分らしく』という言葉が、美祢の姿に影を落としているように感じるのは気のせいだろうか?

 そんな美祢の影響を受けるはなみずき25とそんな美祢から産まれたかすみそう25は、アイドルとして幸せになれるのだろうか?


 そんなことを想いながらも、彼女らとの接触を避けることのできない自分が何か邪悪な生き物に思えてしまう。

 醜くおぞましい何かに。

「――せい! 先生! 話し聞いてましたか?」

 自分の創り出した穴ぐらに落ちていくのを少女の声が引き上げる。

「み、美祢ちゃん。戻ってきたんだ。あはは、ごめん。考え事してた」

「先生? 大丈夫ですか? 顔色が……」

「あ、うん。大丈夫。で? 話って何かな?」

「ん~~! もう! 先生来てください!」

 美祢は主の手を引いて歩き出す。

 その顔はどこか怒っているようにも見える。

 いや、もしかするとさっきの主の思考のせいで主にはそう見えているのかもしれない。


 建物の裏手、喫煙所まで来ると美祢は背中を向ける。

「先生、はいどうぞ」

「え?」

「背中ですよ、先生」

「あ、うん。背中だね……?」

「いつものですよ!」

 美祢の行動にどんな意味があるのか、さっぱり理解できていない主は、頭を傾げる。

「悩み! 聴きますよ。いつものお返しです」

「ああ! そういうことか。……いいのかな?」

「いいですよ。なんとでも言い訳はできます!」

 そう美祢が言うが、さすがに通報案件だろうと主はその背中に手だけをそえる。


 暖かい。この冬の空気のなか体を温めてくれる陽だまりのようだ。

 そうか。そうだったんだ。

 彼女はこうして僕を陽だまりで包んでくれる。

 本当に書きたかったのは、彼女のような陽だまりの少女。

 それが彼女が見せたアイドルの姿。

 ああ、僕はなんてことをしてしまったのだろうか。

 彼女の優しい光を頼りないと勘違いして、もっと過酷の中でも強く光る彼女を求めてしまった。

 彼女を見ずに、自分の理想を彼女に求めてしまった。

 あの人のような、鮮烈な光こそがアイドルなんだと思い込んで。

 彼女にあの人のようになって欲しいなんて想ってはいなかったはずなのに。

「僕はなんて……馬鹿なんだろう」

「先生?」

「ありがとう、美祢ちゃん。……ごめん」

「ど、どうしたんですか? 先生?」


 美祢の背中には、主の体温だけが伝わっている。

 地面に落ちる雫に美祢が気が付くことはなかった。

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