百九十一話
美祢たちがゲーム大会で頂点に上り詰めていた頃、主は安本と共に安本の作詞部屋にいた。
「もう、向こうは終わったころだろうね」
「あ~、間に合わなかったか。公佳ちゃんに怒られるなぁ」
「だけど、まあ。形にはなったんじゃないかな?」
「ええ、先生のお陰です。今回もお世話になりました」
主は対面している安本に深々と頭を下げる。
「いやいや、仕事を振ったからには多少は面倒をみないとね。あちらさんに愚痴られて悪評がたっても困るしね」
安本は悪戯っぽい笑顔で主をみる。
「そんなそんなっ! 安本先生を通じてまた作詞の仕事を貰えただけでもありがたいのに、こうして外のグループの歌詞まで添削していただいて。悪くなんて言うわけないじゃないですか! ……たぶん」
「フッハハ。存外正直者なんだな、君は」
前回主がかすみそう25に書き下ろした『スタートライン』は、いくつかのアイドルグループの運営に興味を持たれ、『四台目主水乃助』に作詞の依頼があったのだ。しかし本来活動していない新人作詞家の『四台目主水乃助』にどうアポイントを取ったらいいのか迷った他事務所の運営は、あろうことか添削とクレジットされていた安本に繋ぎの交渉を依頼したのだ。
前回の作詞で作詞家活動はこりごりだと言っていた主が、なぜ再び『四台目主水乃助』となったのか?
それは主の本職である小説家の仕事に関係していた。主の書いていた『疾風迅雷伝』の終わりが見えてきたからだった。
コミカライズの2作についてはまだまだ先の長い仕事なのだが、原作の小説は途中3ヶ月連続刊行という暴挙もあり現在7巻まで刊行している。
担当編集の佐藤と何回協議を重ねても、10巻で物語が終焉を迎える。
ならば主は次回作の案を提出しないといけないのだが、これがどうにも上手く行っていない。
いくつかの提出した案はことごとく却下され、辛うじてプロット制作までこぎ着けた案も結局ボツを言い渡された。
はなみずき25とかすみそう25の仕事、そして自著の原作とコミカライズ。
専業小説家を名乗りだしてから主の仕事はあるにはあるが、その幅は1ミリたりとも広がってはいなかった。ある意味では刺激的な毎日だが、創作の刺激となっているのかは疑問視されてしまう。
そこに舞い込んだ他のアイドルグループの作詞仕事。担当編集の佐藤とも協議を重ね、受けてみようとなった。
出会う人が違えば、今よりも刺激を受けることもあるだろうからと。それを創作に生かせないなら主がそれまでなんだと佐藤も覚悟を決めていた。
だが大問題が残っていた。
作詞なんて主は、前回の『スタートライン』が初めてなのだ。しかも主の感性と他の大多数の感性は、だいぶ隔たりがあるという疑いもある。
そんな主が、まともな作詞なんて出来るだろうか? 否であると、主本人が力説したぐらいだ。
なので、手を煩わせることも借りを創ることも恐ろしいが、まともな仕事とするために安本に再び添削を依頼したのだった。
それが一ヶ月も前の話。
ちょうど夢乃の卒業コンサートが終わった頃の話。ようやく2本の作詞を書き上げたのだ。
「君は長編は早く書き上げるのに、短編は苦手なんだね」
安本は主の足元に広がっている紙を拾いながら、その中に書かれている物語を読む。
さっと目を通しただけでも性急に結論を書きたがる癖が見受けられる。
だがそれの元になった膨大な量の文字群には、目を奪われる。主が2作の歌詞を書くのに書いてきた文字数は各50万文字の4作品。それを安本に突き付けた。
最後の1作に至っては、安本が違う仕事で離れた6時間の間に書き上げたのだから異常な速さだ。
それを削ぎ落し音に乗せていくのだが、そこからが長かったと安本は辟易とした表情を見せる。
1週間目は1小節。3週間でようやく1作品。残り1週間で1作品を上げたのは大した進歩だと言えなくもないが、安本のスピードから考えれば亀にも等しい歩みだ。
「ふふふ」
「……笑えるぐらいダメですか?」
主の描いた歌詞を見てついつい頬が緩んでしまう安本に、主は自分の出来を尋ねる。
「いやいや、悪くないよ。……ただ結構重めのメッセージを乗せるんだなと思ってね」
「以前習ってた武道の師匠の言葉なんですけど、思っても見ない角度から来る攻撃って意外と効くらしいんですよ。アイドルの歌も同じかなって」
主が見せた少し困ったような表情を安本は見逃がしてはいなかった。
「可愛く見せている彼女たちの口から聞こえた方が見える何かがあるのかなって」
お節介をしている自覚があるのだろう。主は語尾に向かいながら小さくなる声がそれを物語っている。
「たぶん何かに対して結論を持っちゃった人に、それ以外の結論もあるんじゃないかって考える機会を持ってほしいなって思っちゃったんですよね」
「それがあっちのアイドルに取材して出てきた君の結論かい?」
「ええ、はなみずき25ともかすみそう25とも違って結構数字にこだわる娘もいたんですよね。アイドルに必要ないとは想わないですけど……それだけアイドルしてるのってもったいないなぁなんて思っちゃったんですよね。僕が言うなって話なんですけど」
「聞く人にも歌う方にもか。……まあいいんじゃないか? 選ぶのは相手側なんだし」
安本は内心驚いていた。
自分と似たような考えを持つ人間がいたとはと。
そして面白いとも思う。似たような考えからこうも違う言葉が出てくることに。
そして確信する。
次のチャートは意外と荒れるんじゃないかと。




