百八十八話
「フミ! 正々堂々、ここで勝負!」
花菜はオープンVCで史華を建物の外へと呼びだす。遮蔽もない建物の外へ。
「花菜、私に勝つつもりでいるの?」
「まともにやり合ったら勝てないけど、同じ条件なら私が勝つ!」
自分が負けると思っていない花菜の発言。通常のゲーマーならば頭に血が上りる発言だ。
しかし史華は吹き出しそうになるのを抑え込みながら、花菜の誘いに乗るかのように自分のキャラクターを建物の外へと移動させる。
相対する二人のキャラクター。
「クイックドローなら勝てるね。……いいよ。やろうか、花菜」
「かかって来い!」
まるで挑戦者を迎えるチャンピオンのようなたたずまいで、花菜が応える。
「じゃあ、このグレが落ちたら撃ち合い始りね」
そう言って史華は二人の中間に置くようにグレネードを投げ捨てる。
3秒経つと爆破のエフェクトが花菜と史華の画面に映し出される。
花菜はこれまでの練習でも見せなかったような速さで銃を構えて撃ち始める。
反動を必死に抑えながら、史華が倒れるのを願って。
しかし史華は花菜の射線上にはもういなかった。
爆風のエフェクトが起きると同時に、自身のキャラクターを動かしエフェクトからギリギリ向こう側を覗ける位置へと移動するとしゃがみ込んで武器を構える。
サブの兵装であるスナイパーライフルを。
スコープを丁寧に覗き込んで、乱射している花菜のキャラクターの頭へと照準を合わせる。
そして、マウスのクリックを一つ。
花菜のキャラクターが倒れ込み、花菜が撃破されたことが周辺のプレイヤーへ通知される。
「まるで西部劇ような、江尻選手と高尾選手の戦いは江尻選手に軍配が上がったぁ~!!!」
「キャリコを使わなかったあたり、実力が違うんだぞとでも言っているかのようでしたね」
「そうですね、巧みなキャラコンにグレの仕様がわかっているというやり込み度。まさに勝つべくして勝ったとしか言いようがなかったですね。……ん? 江尻選手? おっと、まさか!」
実況の野明が史華の行動に少しだけ不安を煽る。
史華は持っていた武器を持ち換えながら、花菜のキャラクターがいた位置まで悠々と歩いている。
会場の全員がまさかなと思いながら、どこか期待している表情を見せる。
これはアイドルの大会。まして配信も行われている大会でそんな光景が見れるはずがない。
大会では行儀よくするのが、どんなプレイヤーでも当たり前の光景だ。
だが、この空気は万が一が起きるんじゃないかと思わせていた。
そしてそれは正解だと言わんばかりに、史華は地面に向かってトリガーを引く。
「あーっと!! これはいけません! これはバッドマナー! まさか! この大会でこんな光景が映し出されようとは!!」
まるでアクシデントでも起きたような実況をしつつも、スタッフは画面を切り替えることをしない。
史華が『死体撃ち』をする光景が、会場にも配信にも大きく映しだされてる。
「しかも! オープンVCのまま、放送に載せられない言葉をこれでもかと並べているぅ!!」
「いや、まあ、気持ちはわからなくもないですけど。ちょっとやりすぎですかね」
このアイドルやりやがったと嬉々とした表情の実況と苦笑いを浮かべる解説の両名。
そしてその光景を見ている会場のオーディエンスは、両手を上げて歓喜の声を上げている。
「止まらない! 止まらないぞ!! さあ全弾撃ち切って、リロードする! また始まったぁー! 再開! まさかの死体撃ち再開!! 恐ろしい言葉が未だにオープンVCに流れている! お聞かせできないのが心苦しいぐらいのレアな音声が流れています!! おーっと! 3マガジン目! どこがそんなに気に入らなかったのか! 花菜選手のデスボックスを漁ってまで撃ち続けてます! まずいです! これ以上は若いプレイヤーに悪影響を与えかねません! 画面を切り替えてください! 大至急です!」
会場は大いに盛り上がっているが、さすがの光景に実況から終了を促され仕方なくスタッフも画面を切り替えるのだった。
「さあ、画面は無事に切り替わって……これはかすみそう25Aチームの様子ですかね。現在交戦中です」
「そうですね、遠距離でお互いを視認してスナイパー合戦になってますね」
「おおっと、先ほど驚きのグレ精度を見せた賀來村選手はあらぬ方向を撃っている! 実質2対3の戦い! なぜそこを撃っているのか!?」
「なるほど、だから1マガジン分しか弾を持っていなかったんですね。確実にスコープに相手を納めていながらキャラ5人分は離れた所を撃っていますね。もはやけん制にすらなってませんね」
「さあ、パルスを背負う不利な状況を打開できるのか? かすみそう25Aチーム! リリープレアーチームは楽しそうに撃ちまくっている!」
「あ、かすみそう25Aチームはスモークグレネードで道を作り始めましたね」
「遠距離での不利を打開できるのでしょうか! それともこのままパルスに飲まれてしまうのか!!?」
ToTアイドル大会は最終局面へと確実に進んでいく。




