百八十七話
「一点当てた! え!? アーマー瞬溶けした!!」
コスプレイヤー兼アイドルのるんは会敵した敵に向かって発砲した瞬間にダウンさせられるという怪現象を仲間に報告する。軽い音が軽快になり続ける中、なんとか仲間の下へとたどり着き戦線に復帰させてもらおうと這いつくばっているキャラクターを操作し続けていた。
「扉まで来た! 敵どこ!?」
「わたしの直ぐ後ろ。ちょっとそれるから突っ込んでいいよ。今ハンドガン構えてるから」
そう情報を仲間のアカネに渡すと、自分の体で友軍の射線を遮らないように部屋の隅へと方向を変えて這っていく。
「いい? 行くからね!」
「OK! 行っちゃって!」
そう返答したるんの声に反応したアカネの操作が、一瞬だけ止まる。敵はそれを見逃さず、扉から少しだけ出ていたキャラクターのつま先に先ほどの軽快な音を鳴らし始める。
「えっっ!? え、チートチート! 一瞬で持ってかれたんだけどっ!!」
何が起きたのかわからなかったアカネが敵の不正を疑う。
だが、るんにはちゃんと見えていた。つま先の一点から血のエフェクトが出ていたのを。
「ゴメン! 落ちた! さわちゃん起こして!」
「無理無理! すっごい足音している! こっち囲まれてるけど!」
「足音いくつ!?」
軽いパニックに陥ったさわに報告を求める。
これは情報共有が目的ではなく、さわの冷静さを取り戻させるために求めた報告だ。
「ちょっと待って……え、4つ。二人ともバブってるんだよね?」
「んー、バブ」
「同じく」
「え、もしかして2パ来てる!?」
視認遭遇し引き込む形で建物内へと誘い込んだV3だったが、逆襲にあって今交戦可能なメンバーはさわ一人だけ。しかしさわの報告を信じるなら招かれざる客がいることになる。
そう自分たちを倒した敵にとって招かれざる客が。
るんはわざと敵へと近寄るために方向転換していく。
ToTでは足音よりも這っている音のほうが大きい。
少しでも邪魔をして新しい侵入者とこの敵をやり合わせるために必要な行動をとる。
煩わしく感じたのか、るんはダウン状態からさらに追撃を受けてキルされてしまう。
そして同じようにるんに近寄っていたアカネもキルされた。
これでさわが潜んでいるという事実だけしか敵は情報を取ることができない。
そして暗くなった画面から聞こえてくるのは、走り回っているであろう足音。
画面が切り替わり、味方の視点になると少しだけ現状がわかるような情報もある。
なにより自分たちの行動から意味を読み取ったさわを誉める。
さわは遮蔽物に身を隠し、息を殺して好機を待っている。
そして鳴り響く交戦の音。
「よしよし! やり合えやり合え!」
「さわ我慢だよ! ハイドハイド」
仲間の声を受けて、さわは外の情報を音だけを頼りに拾っていく。
「右だね」
「うん、……右の階段下かな」
「あ、さっきの勝ったね。1v2か」
「さわ、どっちか落ちたら外出て走ろう。最悪パルスムーブでもいいから生き残る!」
「了解! え、あっ! ……マジか、落された」
わずか、ほんのわずかに右に動いたさわのキャラクターがその場に崩れ落ちていく。
そしてV3全員の視点がさわを倒した相手の視点に切り替わる。
「うわぁ……外にいたんだ」
その視点は建物の外の少しだけ小高くなっている丘の上からスコープを覗いているももの視点だった。さわのいた場所のすぐ上に小さな窓がある。わずかに動いたせいで射線が通ってしまったようだ。
ももから中に入り込んだ史華へと情報が送られたのだろう。
先ほどまで音に集中しているかのように微動だにしなかったキャラクターが獲物を求めて動き始める。
史華が見つけたのは、のんきに物資を漁っていたはなみずき25のBチーム。
見つけた瞬間に史華の持つキャリコが軽快な音を上げ始める。
画面には西村菜月の名前のみ。さっき史華が落としたのはBチームの花田夕子の名前だったのを思い出す。
もう一人の花菜の名前がない。
もうどこかで落ちていたのか? いや、未だにダウン状態の二人がそうではないということを史華に教えていた。
「もも! そっからもう一人、花菜見えた?」
「見えない」
「こっちも見えません!」
史華には二人の報告から花菜のいるであろう場所が特定できた。
違う射線で建物を見ていたももと陽花里の画面に映らない場所は限られている。
史華は花菜が全く違う場所にいるという選択を取るはずがないことがわかっていた。
好戦的な花菜が、戦闘にメンバーだけを送り込むはずがない。
絶対に自分が率先してこの建物に詰めてきたはずだと。
「ハハッ、花菜との一騎討ちかぁ」
史華は花菜に負ける要素が見つけられなかった。
このゲーム内では、あの花菜でさえ自分の敵ではない。
史華はキャリコを再装填してゆっくりと花菜の下へと移動し始める。
途中の遮蔽物へのクリアリングなどせずに一直線に。




