百八十六話
「美祢さん! お願いします!!」
草原で敵を見つけた優華は、先陣を自分よりも実力の劣る美祢に譲る。
それは、決して上下関係を意識してのことではなかった。
優華の考案した作戦のためだ。
「わかった! じゃあ空爆いっくよぉ~!!」
優華は美祢の声に合わせて、敵を遮蔽物に押し込めるように銃撃していく。
命中率はそこまで高くは無く、あくまでけん制のための銃撃だ。
そして遮蔽物に隠れた敵へと空から落ちてくるものがあった。
それは、美祢のキャラクターが投げた手榴弾。2つ3つと投げ込まれたそれを回避する敵は優華の銃弾に晒される。優華の銃弾を避ければまともに手榴弾によるダメージを喰らってしまう。
美祢は冷静に画面に表示される敵の名前から得た情報を仲間へと伝える。
「えっと、ダウン2かな。公ちゃん3秒後にお願いね」
「任せてママ」
美祢はダメ押しとばかりに最後の投げモノを放り投げる。それと同時に優華はリロードを行う。
それはダメージを目的としたものではなく、敵キャラクターの行動を抑制するために投げ込まれたのも。
ゲーム内でスタングレネードと呼ばれるものだった。
これを喰らえば相手は怯みのモーションを取ってしまい、急な対応はできなくなるという代物だ。
そして怯んだ敵に近寄り、公佳は引き金を引く。
美祢のグレネードでダメージを追っている相手は、公佳の接近にも反応できず最小限の銃弾で撃破されていく。
「賀來村選手のグレが突き刺さったぁ~~!! とんでもないことが起きているぞぉ~~!!」
「なるほど、そういうことか!!」
「どうしました、ブーターさん!」
「賀來村選手のあの大量のグレ。あれとんでもないですよ! リプレイ見れます?」
「はい! いけま……す! では、リプレイです」
そして会場の画面と配信画面には、美祢がグレネードを投げる様子が映し出される。
「みてください。賀來村選手のグレの位置、的確に効果範囲に全員を捉えてるんですよ」
「え!? 流石に偶然では?」
「いえ、スタンすら3人を効果範囲に入れてますからね。たぶん狙ってると考えた方がいいですね」
「えっと……待ってくださいよ。そんなにグレを完璧にコントロールなんてできるもんですか?」
ブーターマインは、自分の結論はゆるぎないと思いながらも難しい表情を浮かべる。
理論上は可能でも、現実では不可能だとブーターマインの知識も経験も告げているから。
「そうですね。狙ってはいたけど、結果は偶然かもしれないですね。ただ次があれば認めるしかないのかな……と」
そして先ほど見た美祢の行動にも合点がいく。
「彼女は世にも珍しい、グレだけで敵を撃破していくプレイヤーだと」
「ああ!! 先ほど大量に持っていた投げモノ!!」
「ええ、賀來村選手に最適化されたアイテム選択だったのかもしれないですね」
ブーターマインのそんな一般的には突飛な解釈も美祢達の次の交戦を見れば、正しいのだと誰もが認めるしかなかった。
美祢達が次に会敵したのは、建物内に籠っている敵だった。
比較的ゲーム内では堅牢なつくりで、建物の入り口は一つしかなく窓も高い位置にしか存在していない建物だ。上級者であれ初心者であれ、ここで選択される武器はグレネードになる。
ただし高い位置にある窓は狭く、投げ入れるのに相応の技術を要する。
美祢はそんな厄介な窓に、短い時間でいくつもグレネードを投げ入れていく。
そのすべてが窓を通過し、待ち構えている敵にダメージを与えていくのだった。
通常神グレと称されるような、ビックプレイを繰り返し行っていく美祢にToTを知っている観客ほど恐怖を感じていくのだ。
果たして自分が相対した時に、どのように対処すればいいのかと。
そして観客は気が付く。史華の時とは違い美祢の取る戦法の優れた点に。
どんなプレイヤーであれ、特に上級者にとって最終盤でもいくつかのグレネードを持っているものだ。
遮蔽を飛び越えて攻撃できる武器に望みを託して投げるのは当たり前で、その反応に対応することでも勝ちを拾えることがあるからだ。
だからどの場面でも補充可能だということ。
正確無比な攻撃がいつでも、どんなシチュエーションでも可能だと気が付くのだ。
最も恐怖していたのは、V3のファンたちだ。
自分たちの推しているアイドル。万が一にも負けがないと思っていた、比較的安心してみていたれたイベントも美祢という異質なプレイヤーのせいで負ける可能性が格段に高くなったと思ったのだ。
そして願うしかなかった。
V3が遭遇する前に脱落してくれと。
しかしそんなファンたちの願いは、違った形で叶ってしまう。
「かすみそう25Aチームの快進撃の横で、はなみずき25のAチームとV3が交戦状態にはいったぁ~~!!」
もう一人の異質なプレイヤーである史華たちと、オーソドックスなプレイヤーであるV3の3名の戦いの火ぶたが切って落ちる。




