百八十一話
そして大会当日。
11月も半ばになり、街も空気も冬の装いとなっていたが都内のアリーナを使った会場は、夏を思わせるほどの熱気に包まれていた。
オープニングアクトとしてV3の三人がステージに上がると、会場の熱は今まで以上に燃え上がる。
その熱気に充てられたかのように、三人の顔は紅潮しパフォーマンスを始める。
彼女たちのデビューシングル『恋のレティクル』のパフォーマンスを行っている。肌色の面積が多い衣装で、さらにスカートをひるがえす振り付けでファンは、コールではなく本当に興奮しているかのような声をあげている。
だが、それは彼女たちの一部のファンだけだ。
カメラの画角に入る範囲だけが、熱狂しているかのように声をあげている。配信画面には、彼女たちを推す人だけが会場を埋めている錯覚を見ていることだろう。
それをことさら冷えた目で、いや、氷点下の怒りを込めて見ている人物がいた。
はなみずき25の高尾花菜だ。
画面から見える熱狂と、楽屋に伝わってくる情報がまったく一致しないからだ。
「なにこれ?」
明らかに練度の足りていないステップ、そしてまるで音源そのものの歌声。いったい彼女たちはなんなのだと、冷たい目線でありながら、確実な怒りを隠そうともしない。
花菜は、すべてのアイドルをリスペクトしている。自分たちのように歌と踊りで表現しているアイドルはもちろん、その肉体で美を表現するアイドルも、バラエティーで求められた役割を読み取り全うしようと奮闘するアイドルも分け隔てなく。
だが、新人アイドルとして紹介されたこの画面の中の三人をアイドルとすることに拒否感を感じていた。
そして楽屋に伝わってくる空気が、さらに花菜を苛立たせる。画面内の熱狂が本当なら、楽屋に伝わる空気もヒリつくように熱いはずなのだ。
なのにそれが一切感じられない。
「ねぇ、史華? この三人さ……」
「ダメ。プランは変えない。ましてこの三人と真正面からは、リスク高過ぎ」
「でも!」
「花菜、わかってないね。上級者ほど言い訳出来ない負け方のほうが嫌いなんだよ?」
そう言った史華の目は、愉快そうに笑っていた。
彼女たちの態度も、花菜の怒りも予測の範疇。
これは一級戦術予測師並みの的中率だと、笑っていた。
「それにあの娘たちと当たるのは、私たちの方だろうからね。花菜は別のところで墜ちないようにすること考えないと」
そこまで言った史華の顔が、少しだけ曇る。
予想通りな展開のなのだが、不安材料がないわけではなかった。
史華の不安材料、それは美祢の存在だった。
本来であればはなみずき25の陣営に置かれるはずだったのに、かすみそう25の陣営での参戦となってしまった。それだけアイドルカーニバルでの美祢とかすみそう25を結びつける印象が強かったのだろう。
今回の舞台であるゲームに関して、史華以上の実力者は両グループ内にはいない。
上達したとはいえ花菜なんか足下に及ばない経験値が史華にはある。
だが最近の美祢は何かを持っている。その持っている美祢が対戦相手になるというのが史華を不安にさせる。
自分が最も有効に活用できるはずだった美祢が。
花菜との密約で何度も自分たちの勝利を阻んだ存在。
花菜にとってのジョーカー。それは今回自分のジョーカーとして使い、花菜にこれまでの意趣返しができるはずだったのに。
思いがけない横やりが、あろうことか大会の運営から入ってしまったのは誤算としか言えなかった。
だが、それでも花菜にもV3を名乗る新人アイドルにも勝てるプランを用意できた自負がある。
花菜の練習も、彼女たちの配信も可能な限りすべてに目を通し、癖や性格を把握できた。
そして花菜たちは自分のクセを知ることはない。
情報という面では、自分が圧倒的有利。
そうこの大会は自分にとって有利なはずだ。
懸念があるとすれば、かすみそう25には普段自分のパートナーをしている優華がいる。
その好みの戦術も実力も理解している。
だが、それはあっちも同じ。
だからこそ怖い。
優華の好む奇手によって変貌する可能性を秘めた美祢が。
いったいどんな手を使ってるのか。
「ふふ」
史華の耳に誰かの笑い声が聞こえてくる。
正面に置かれた鏡を見れば、笑っているのは自分だったと気が付く。
そうか、この怖さも面白がっているのかと。
まさかただの時間つぶしで始めたゲームに、自分がこれほどのめりこみ、こうして仕事として大舞台に立つ日が来ることになるとは思っていなかった。
何より、またとないチャンスをもらたしてくれたのだから。
何にでも興味や集中を傾けてみるものだと史華は笑っていた。
不安材料があるにしろ、この大会の真の主役が自分であることに疑いを持ってはいない。
言い訳の出来ない負け方をして、アイドルを演じてきた自分と本当のアイドルである花菜との立場が逆転するまたとない機会。
そんな機会に恵まれた自分こそが、主役なんだと。




