百七十七話
江尻史華の誘いで、一緒にゲームをするようになって数日。
「馬場ちゃん、今日も眠そうだね」
「あ、恵美里さん。ごめんなさい」
「あ、ううん。責めてるわけじゃないんだけど、どうしたのかなって?」
「あ、実は、ここのところ史華ちゃんのゲームに付き合ってて寝るの遅くなっちゃって」
心配をかけて申し訳ないと、いつもの自嘲混じりの笑みを浮かべながら正直に理由を説明する。
ゲームで寝不足だなんて、アイドル失格なんて言われてしまうかもしれない。
だが、自分の推しとゲームができる幸せを何となく誰かに言いたくなったのだ。
しかしどうだろう? 何故か恵美里の返答が返ってこない。
おかしいなと恵美里の顔を確認すれば、恵美里は目を見開いて優華を凝視している。
「あ、あの……?」
「ふみか、史華さんって、江尻の……史華さん?」
「あ、はい。そうです、江尻の史華ちゃんです」
恵美里の言葉に肯定を返すと信じられないといった表情のまま、恵美里は一期生の方へと倒れこみながら走って行く。
そして何やら、優華を指さしながら何かをしゃべっている。
ああ、告げ口されてしまった。仕方がないこととはいえ、何も目の前で告げ口しなくても。
優華は、でも仕方がないかとあきらめの表情に変わる。
「えっ!? 嘘っ!!」
恵美里の話を聞いていた美紅が、恵美里と同じような表情になり今度はかすみそう25の中心人物のところへと走って行く。
え? そんな大ごとになる?
優華は少しだけ焦り始めていた。
まさかただゲームをしていて、寝不足のまま現場にきたというのがそんなに大罪なのか!? と。
テレビでよく聞くエピソードだと、軽く考えていた優華は焦りを感じていた。
「えええええっ!??」
美祢が楽屋で出したことのない声量で驚いている。
そして強張った表情に変わった美祢が、優華を目指して早歩きで近寄ってくる。
あまりの怖さに優華の腰が椅子から離れてしまう。
その表情は、肉食獣に襲われる草食獣のようだ。
即ち、逃亡だけが頭の中にある状態だ。
だが、肉食獣さながらの美祢は優華を逃がすことなく捕まえ、目を見開いて優華を見下ろす。
「優華ちゃん!」
「は、はい」
あまりの迫力に優華の返事はまさにか細いとしか言いようのないものへと変わっていた。
「史華さんとプライベートでゲームしたの!?」
「はい、……昨日も夜中まで」
ガシっと両肩をつかまれた優華は、身体を硬直させる。
まさか、暴力まで行くほどの失態だったとは。
もう泣きそうなぐらい怯えた優華が美祢の手の中に納まっている。
「優華ちゃん!!」
「ひっ!」
「あなたは勇者だ!!」
「……へっ?」
「すごいよ!! どうやって史華さんのプライベートに入り込めたの!?」
まるで珍獣でも捕まえることに成功したかのような、これまで見たことない表情の美祢がそこにいた。
そして、褒め称えるように優華を持ち上げ始める。
「あ、あの、何となく、自然と毎日遊ぶようになってました」
「すごい!! 本当にすごいよ!! 優華ちゃん、あなたみたいなコミュニケーションお化け、初めてだよ!!」
あれ? ただ推しとゲームしてたらコミュニケーションお化けにコミュニケーションお化けと呼ばれたんだが? っどういう状況だこれ!?
優華の頭は混乱した。
「いや、どう仲良くなったって……、ただゲームしてただけなんですけど……」
美祢に褒め称えられた後は、膝を付き合わせての尋問が始まる。
なんでこうなっているのか? ただのゲーム話に大袈裟過ぎやしないかと思う優華だったが、あることを思い出し納得する。
江尻史華というアイドルは、ミステリアスなアイドルだ。どれくらいミステリアスかというと、メンバーから一切のプライベートでのエピソードトークが出てこない。3年間共に過ごしたはなみずき25のメンバーから聞けるのは、楽屋の様子のみ。プライベートはまったくの謎に包まれている。
冠番組でも、史華の謎に迫ろうと企画が立ち上がるが、まったくの空振りで何度も没企画とされたこともあった。
だが、そこがたまらないと、ファンを虜にしている。
……嘘か真か、週刊誌から江尻史華のプライベートに懸賞金がかけられていて、その金額はそのエピソードを載せた号の売り上げから20%が貰えるとの噂もある程だ。
そんな謎多き江尻史華のプライベートのエピソードトークを持っている優華に美祢が食い付くのは当然の結果だった。
だか、優華は困っていた。
推しとの楽しい一時を話したい衝動と、自分が勝手に話していいのかという疑問、美祢という尊敬する先輩に隠し事をするのかという罪悪感。
数刻あたまを悩ませた優華は、済まなそうにあたまを下げるのだった。
「……すみません。史華ちゃんに話していいか確認しないと、話せないです!」
「う~ん、だよね~。しょうがない、向こういった時に聞いてみるか」
優華は、結局推しで大先輩の史華と尊敬するリーダーで先輩の美祢を天秤にかけたことを、そして史華を選んだことを詫びるのだった。
その夜。
「あ、270の山上に一人見えた! ん、よしよし、良い子だから動くなよ……わぁお! この距離で頭当てるとか、私天才すぎん!?」
「あのさ、史華ちゃん?」
「ん? どした?」
美祢とのやり取りを、優華は正直に史華に話す。
もしかしたら、こうして推しとのゲームも最後かもしれないと覚悟しながら。
そして史華は……。
「え? 話しちゃっていいのに。……あっ! 美祢たち若いから時間早くなっちゃうけどさ! 誘えばフルパでやれんじゃない!?」
あまりのあっさりとした史華の反応に、気の抜けた優華は後ろに迫る他のプレイヤーに気がつかないのだった。




